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2009年10月

行きがかり上 不快かも知れませんが

  不快だとお叱りを頂戴するかも知れませんが、棺が置かれていたと書いてしまったので、もう少し書き加えることにします。

 葬儀は親類縁者が集まってくるまでに、かなり時間がかかるので、お亡くなりになって、早くて2日目か3日目くらいに始まることが多い。 タイではドライアイスを使わないので、遺体の保存に格別な処理をするようだ。

 私が手を合わせた、この棺は葬儀が終わって火葬の順番待ちをしているものである。ところが斎場が日本と違って薪をを使っているので、火葬を始めてから3日目にならないと、お骨を拾うことが出来ないそうだ。
大きな事故や病気の流行などがあると、死者の数が多くなり斎場の処理が追いつかないことがある。

 火葬が終わった後は、お骨を粉砕して遺族が少量を持ち帰る。この後は散骨する人、水に流す人などあって、お墓などは作らない。
墓がないので、戒名などももちろん無い。

 タイでは葬儀の費用は5,000バーツ(約1,4500円)あれば十分まかなえるそうだ。これだと死後の心配はいらない。 死ぬならタイが良いなと呟く日本人もいるそうだ。

 だから私たちがお寺に行っても、小高い丘にお墓があるのではないか、などと見渡しても存在はしないのだ。
 しかし、中国系のお金持ちの人たちは陶板に遺影と名前焼きつけて、寺の仏塔などに埋め込んでいるのが見受けられる。

 後に尾を引かない葬式は日本から見ると、これでいいのか、と思えるほどさっぱりしたものだが、墓はなくとも故人の写真を仏像と並べて、拝んだり偲んだりはするようだ。
 
 タイの仏教では死者は必ず生き返り、この世に再び生まれ変わると信じられているため、悲しみは日本ほど深くはないのであろう。

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バンコクのさるお寺

  バンコクの寺はいくつあるか分からぬほど多い。その寺々は朱色と金色で装飾され、まことに色鮮やかである。
どこの寺に立ち寄っても観光できている人か、タイ人が単にお参りしているかのどちらかだ。

 有名寺院ともなると、観光客が世界中から押し寄せて大混雑をしている。かと思えば大都市の喧噪が嘘のように静寂に包まれた心休まる寺も少なくない。

 ある時タイ人を通訳にして、ひなびたお寺にお祓いを受けに行ったことがある。(願い事の内容は後日公開したいと思っている)
 寺の門前には黄色いプラスチックのバケツに、一杯の果物やお菓子などが入れられて売られている。 これは寺に寄進するためのお供物である。


 1,300円のお供えを買って本堂へ上がり、線香を立てて中年の僧侶の前に進み出た。
私は日本人ですが、このようなご相談に上がりました。(通訳のタイ人がタイ語で伝える)
 以下相談事は………… うなずきながら聞いていた僧侶は、わかった、お祓いをすれば大丈夫だと請け合ってくれた。

 ほんとうかいな。 僧侶は私に向かって、神社で神主が振る御幣のようなものを何度も振るが、水に濡らしながら振るので、私は頭から上半身すべてぬれてしまった。

 次にお経なのだが、日本語のお経すら不信心な私にはよくわからないのに、タイ語でっせ、これを一緒に唱和しろ。何とおっしゃるお坊さん。 冗談ではありませんよ。

 それでは、区切りながらお経を唱えますからついてきなさい。 といわれても長い長いお経を意味もわからず、タイ語で後追いするのは難行どろではありません。 適当にふにゃふにゃ言っていたら坊様も許してくれた。

 これでお払いは済みましたから、万事うまくいきます。 ですって。

 お払いを受けて、寺院の奥に入って驚いた。そこには無くなった人の入った棺が6個2段に積み上げられていた。

 通訳のタイ人の説明で、係りの人からお札を何枚かいただき、棺にべたべたと貼った。これは死者が天国へあがる時1人で寂しくないように、ということであった。

 そのあと太い線香をもって、棺の周りを男は左回りに女性は右回りに回って、死者の霊を慰めるそうだ。 とタイ人は言っていた。 こういう寺の仕事は、表面ではわからないが、確りやっていることが初めてわかかった。

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ロングステイへの懸念

  私たちを魅了するタイ文化や、タイ人の大きな包容力に接した日本人の足は、タイへの道を無意識に歩み始める、なかには目的もないのにさまよい歩く日本人も多くみられる。 (私がそうだ!)

 シルバーステイ等と呼ばれる長期滞在の熟年者も多くなってきたが、楽しいことばかりではないらしい。 タイの田舎暮らしにあこがれて、永住しようと試みても、日本人の貴方が家を購入することは出来ないのだ。
 運良く家を新築して優雅に暮らす日本人の多くは、タイ人の女性と結婚した人たちである。

 結婚して家を建てて、車を買って、家財など取りそろえても、すべてタイ人である奥さんの名義だ。
その他に奥さんのものだけにかかわらず、両親や兄弟への援助も、経済大国出身の夫の役目になってくる。
 こんな状況など予想もしなかった人は、後悔先に立たずのたとえ通り、長続きなど出来るはずがない。

 ここで離婚話が出てくる。待ってました。 離婚が成立すればすべてが奥さん名義なので、家財没収の上放逐される。 こんな人ならいくらでもいる。

 だいたい50,60才のおじさんと、20代の女性がどうして結婚するのか。 そうですお金です。
年の差だけではなく、タイとの生活の違いがどうしてもネックになり、日本が恋しくなってくる。
これでは国際結婚の結末は、目の前に見えてくる。

 でもタイで暮らしたい。 じゃあどうするか。 タイでは土地付き住宅は購入できないが、コンドミニアムなどユニット住宅なら日本人名義で購入することができる。 やりますか?

 やはり土地付きは諦めて、結婚するしないに関わらず、自分名義の住居を手に入れるか、アパート暮らしをするのがよいのではないかと思っている。

 北方の薔薇と呼ばれるチェンマイなどでは、業者の建てたコンドミニアムを、多くの熟年のロングステイ客が買って、生活されているそうだが、その限られた地域だけで日本人社会ができあがり、うまくいっていないらしい。

 私ならチェンマイまで行って、日本の老人の群れに身を投ずるようなことはせず、言葉が不自由でも日本人のいない辺鄙な田舎で暮らす方がよい。と漠然と思っている。

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ロングステイの願望

  私の実家は山陰海岸国立公園内にある。300メートルほど北へ行けば白砂青松のロングビーチ、
家の裏には波穏やかな内湾が広がっていて、自然豊かな観光地であり、過疎の町でもある。

 内湾には養殖牡蛎の筏が並び、今はチヌ(黒鯛)釣りの客で早朝から姦しい。 まもなく蟹のシーズンに入って、蟹三昧の料理を求めて沢山の人が訪れるであろう。

 そして訪れる人々は口をそろえて、良いところですねえと云ってくださる。でも11月下旬から3月下旬まで、毎日のように雨が降ったり、時には雪が降る気候ではなあ。

 と言うことで、この季節長靴と傘は必需品、賑やかな人声は無く、過疎の閉ざされた町に変貌するのだ。 訪れた人は条件の良いときだけに、来られるからそう思われるのだが、、一年中いい時ばかりではない。

 私は高校を卒業して以来、京都市で生活しているが、田舎に帰って住もうとは思わない。
でも時々は、海の景色を愛でながら、自然に囲まれた実家で昼寝もよかろうと、毎月のように通っている。

 私がタイへ行き始めた頃、こんな素晴らしい国に定住してみたいなどと思ったものだが、今そうは思わない。 良い季節を見計らって、10日か半月行くから良いのだ。 と気づきはじめたからだ。

 タイの住みやすさと食べ物、タイ人の優しさの虜になって、1年に訪れる日本人は120万人を越えている。 その中でロングステイしてみたいと思う、50才以上の中高年の人が激増中だそうな。 今ではタイも年金を狙って、年金ビザなる物を発行するようになった。

 その条件は、50才以上の日本人であること。労働目的でないこと。タイ国内に 240万円以上の預金があることである。

 この年金ビザは一応1年間が有効期間だが、タイ国内で何年でも更新できる優れもの、お年寄りは年金持参でいらっしゃい。 ようも考えた物である。

 なんと、実際タイでロングステイしている日本人は62万人に達している。これらの中高年の人の織りなす人間模様は千差万別であるが、悲劇的な結末を迎えることの方が多いようである。
 

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何でも作ることが出来る

  先日もスクムミット通りのホテル近くを歩いていると、△△さんバッテリーあるか?と声がかかった。 この声は歩道横の軒下で、いつも偉そうに虫眼鏡を覗いている時計の修理屋だ。
まだ大丈夫だと思うが、前回はいつであったか思い出せない。

 バッテリーとは時計の電池のことなのだ。 私はよほどのことがない限り、この修理屋で電池交換をしている。 オヤジもよく覚えていて時々声をかけてくる。
腕時計をはずすと手に持って、バッテリーまだあるな。と呟いて納得するのだが、バッテリーチェンジと英語でいうと、まだあるとブツブツ言いながら、それでも新しいのと交換してくれる。

 今までの経験では、これで2年は十分交換はしなくてもいい。タイの製品は粗悪だ等という人もいるが、パナソニック、サンヨー、ソニーなど日本の現地工場で作ったのであれば、一応信頼は出来る。

 分からないのは、電池交換の料金だ。タイでは140円で出来るのに、日本では1,000円以上かかるのはなぜだろう。 タイで交換しても時計は何事もなく動いてまっせ。

 ブログのアドレスを名刺に書き込もうと考えて、百貨店マーブンクロンへ行った。
これまでの名刺を見せて、このアドレスを追加してくれと依頼すると、まず名刺の用紙を選ばせて、 1時間後に来てくれ。

 時間通りに行くとできあがっていた。日本語部分はスキャナで取るらしく、古い名刺を持参しなければならないが、私がミスをしていたところ以外は、完璧のできばえであった。  100枚組 700円と
今回は案外高かった。

 噂によるとバックパッカーの聖地 カオサンでは、学生証を300円で作ってくれる。
写真、生年月日、大学名、学部名の原稿を渡せば。30分後にはできあがって、有名大学の学生だ。
日本で色々とお使いになっている方がいるらしい。



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