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マハチャイ線のディーゼルが発車する

 バンコクの下町の更に下町、ウォンエンヤイ駅から4人グループでマハチャイへと計画を立てたことがあった。私がタイに行き始めた頃の事である。

 まずマハチャイまでの切符を買うのが私の役目、どんな事が起こっても誰も手助けしない約束なので、かなり緊張したのをよく覚えている。四人分だから窓口で 「マハチャイ、フォー」 と云っちゃった。
手渡された切符は6枚だった。 こんなに要らないよ。

  安い授業料である。冷静であればこの程度のことは分かっているのだが。 つまりタイでは1~6
の数を ヌン、ソン、サーム、シー、ハー、フォッ、と云うのだ。 そこで言い間違えと聞き違えが同時に起こって、6枚の切符が手渡されることになったのだ。 その頃も人一倍気は弱かったので、涙をのんで6枚とも受け取ってしまった。

 余分に買った2枚は密かにポケットに入れて、残りを3人に配ると、おいこの切符全部2等の切符やで。
2等車はどこに付いとるんや。 知らんがな。 初めて自分で動き始めた頃の苦い思い出である。

 この線の列車は全部ボロ気動車で、名前はすべて2等車となっていた。ただ料金は3等車なみと不可解な設定であった。 そんなこと、分かるはずもない。

 こんな事を思い出しながら、乗車した列車は、さらに古ぼけて硬いプラスチックの坐席、開閉できない窓、故障の扇風機などと、可哀想なほどの年代物となっていた。

 列車の古さなど云える義理か。古くなったのは自分の身体ではないか。百円ショップの座布団持参でなければ、たった1時間のプラスチックの椅子さえ辛いのだ。

 ウォンエンヤイ駅から動き始めた列車の車窓は、名も知らぬお寺や学校、スラムの密集地などを見せてくれ、沼地や荒野をも後にする。
時々停車する駅も駅舎が小さくなり、ついには駅のホームすら無くなった。

 そんな駅でも数人は乗降しているが、お婆さんや子ども達の乗降には、必ず誰かが手をさしのべて介助している。 駅に停車したので周りを見渡してみても家がない事がある。

 注意してみると木陰で昼寝をしている若いのがいて、降りてきた人を横に転がしてあるバイクに乗せて走り去る。 これで生計を立てているのだ。

 海沿いの線路の状態は悪く、左右上下に揺れながら列車は1時間かかって、マハーチャイに近づいて、警笛を何度も鳴らしていた。 この弱々しい警笛は 「汽車がやってきましたよ。通してくださいよ」 と哀願しているのだ。

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