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チェンセンの町

 チェンセンは大河メコンが流れ、太古の遺跡が新しい町に同化している。その上ラオスを対岸に持ち川岸に設けられたチェンセン港には、中国雲南省から常時貨物船がやってくる。非常に興味深い町である。

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 チェンライから いつものボロバスに乗って、1時間30分でチェンセンに到着した。この町の突き当たりに、インドシナ半島随一の大河メコンがあって、膨大な水を下流に運んでいる。
この川の恩恵を受けつつ、チェンセンの民は古より生きてきたのである。

 乾季である3月なので、対岸のラオスでは、生意気にも重機と大型トラックを使って砂利の採取に余念がない。遅まきながらも建設工事が忙しいようであった。

 チェンセン王国は700年前に建設された古都で、この小さな王国は外敵の侵略から国を守るために、前面のメコン川を楯にして王国の背面に、町を守る土塁を建設したのである。

 この土塁は城壁の役目をしていて、現在もその形をとどめているが、土塁は長い年月によって放置されたため、チークの大木によって占領されてしまった。
この城壁の中央部分に切れ目があって、現在ではここが町に通ずる重要な道路となっている。

 あるとき私は、この城壁の入り口でバスを降りて南に向かって歩いてみた。城壁跡は遙か彼方まで続き、高いチークの大木が、我が世の春と云わんばかりに繁茂している。
土で出来た粗末な道は、細々と城壁から離れることなくどこまでも付いてくる。

 草に覆われた所々に、太古の遺跡が一部を覗かせ存在を主張している。

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そして時折現在の人家が遠慮がちに遠望できる。 

 誰一人行き交う人もいない土道を、汗を拭き拭き歩き続けた。

歩くことが苦手なタイ人なら、100メートルも離れていたら乗り物に乗るお国柄なのに、私の姿を見たら奇異に見える、いや気が触れているとしか写らなかっただろう。

 炎暑の中、水もなく3時間40分かかって、外壁はついにメコン川に到着したのだ。 先を見通すことが出来ない道、誰とも会わない道はことのほか遠く感じるものであった。

 このあと人間社会に立ち返って、人家に入り込んだ所にひっそり立つ 「チェンセン・リバーヒル・ホテル」 に入り込んで、冷たいビール(小瓶)を飲んでお昼寝、最終バスの時間があるのでお暇をして、ボロバスでチェンライのホテルに帰った。

 翌日の朝、私は再びチェンセン行きのバスに乗った。
城壁の残りの半分を歩くためである。北側の半分にもチークの大木が多く茂っていたが、道路は舗装がなされて、小学校や人家などの家並みがあって、人の文化が見られたので昨日のように、孤立感は感じなかった。

 こちらの町の外れは、古い昔の監視所になっていたであろう遺跡が残っていて、突き当たりがタイ海軍の施設であった。
この2日間で城壁を完歩したのだが、暑かったのでとても長いように思えたが、 メコン川畔を加えると全長8キロメートルの小さなチェンセン王国であった。

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コメント

タイスキ様、こんにちは

チェンセン王国の遺跡ですか~

初めて知りました

私も10年ほど前ですが

メコンの国境沿いに行った事がありますが

メコン河の流れを観ていると、様々な事を

考えてしまいますね

投稿: 高兄 | 2010年4月25日 (日) 08時53分

 私の訪タイには、遺跡かメコン河、もしくは国境の周辺のどこかを入れることにしています。

 チェンセンはその三つを備えていますから、私にとっては非常に居心地がよく、もう何回来たことか。

 チェンセンの遺跡は、アユタヤやスコータイ、パノムルン遺跡のように、修復を重ねて公園化していないから、草むした本来の遺跡なんです。
 つたないブログをいつも見て頂いて有り難うございます。 今後ともよろしく頼みます。      

投稿: タイスキおじさん | 2010年4月26日 (月) 16時32分

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