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雨季のタイをバスに乗って

 遺憾ながらバンコクが市街戦の様相を呈して、なおかつ非常事態宣言の地域が拡大されて、チェンマイ、チェンライをはじめ、北タイと東北タイ全域にまで広がってきた。

 バンコクではいつも都民の憩いの場所であったルンピニ公園付近でも、

Photo_3 銃撃による死者や重軽傷者が出始めた。

Photo_4  また、伊勢丹をはじめ都内の中心部は電気、水道、電波などが止められて、

一帯はデモ隊と、それを取り囲む治安部隊と一発触発の状態が続いている。

 電車もバスも止まって、何をするにも都市機能が極端におちた。

 昨日付けで日本大使館も閉鎖された。どうか一刻も早く穏やかな王国に立帰って欲しいと願うばかりである。

 こんな状態でのブログは投稿しづらいが、少しだけ書いてみる。

 9月のバンコクは、まだ雨季の最盛期だ。タイの北部や中部に降った雨は、何十日もかけて大きな川をゆったり流れ、中流域や下流域に洪水を配達してくれる。

 バンコクの大河チャオプラヤ川は、この時期でも沢山の外国人観光客が押し寄せて、観光に大わらわである。 しかしこの時期はチャオプラヤ川が増水して水位が高くなるから困るのだ。

 チャオプラヤエキスプレスのボートで観光している大勢の客は、下船すると桟橋は浮桟橋なので問題はないのだが、その浮桟橋から陸地までの木製通路が、水没していて簡単には渡れないのだ。
若い女性などには背負ってくれる奇特な人もいるが、男性や若くない女性などは、膝までの水につかりながら、流されぬよう気を配り、怖々上陸しなければならないので、まことに悲惨である。

 昨日に続いて朝から景気よく降り続いている。こんな日は食べることか、乗り物に乗って、どこかを散策するくらいしかすることがない。
 ホテルのロビーで地図を見ていて、変てこな地名が目に付いた。それは「プージャオ」という変な名前だった。そこはチャオプラヤ川の下流にあって、車が川を渡れる最後の地点だった。

 さっそく好奇心いっぱいのタイスキおじさんの出番である。バスマップとにらめっこをして、コースを頭に描き、スクムミット通りから 513番のバスに乗り込んだ。

 車掌がカシャカシャ(切符だよ!)と例の音を立てやってきた。

 いつもなら、パイスッサイ(終点まで行く)と云うところだが、行き先がはっきりしているので堂々と、プージャオといって50円で切符を買った。

 エカマイ(東バスターミナル)、オンヌット(BTS最終駅)を遙かに超えて、バスは南へ南へと走り続ける。

 サムップラカーン(隣の県)の近くから右折したら、道路は冠水していて水が元気よく流れている。

 乗客は水にのまれた道路脇の停留所付近で、次々に下車していくが、膝上まで浸りながらのご帰宅なのでそれはもう大変だ。

 ついに私一人になってしまった。 運転手と車掌はチラチラと、最後の客である私の方を見て何かを話している。

 気まずいなあ。 このバスは終点まで乗ったらあかんのかい。
乗車して1時間30分、チャオプラヤ川に突き当たり、終点であるプージャオに着いた。

 プージャオからチャオプラヤ川を眺めると、大河は降り続く雨と川面から登り立つ霧が相まって、荘厳な風景を生み出していた。 これがバンコクを流れる、あの メナームチャオプラヤか。

 バンコクを通過したチャオプラヤ川は、下流のラーマ9世橋を最後に橋をもたない。そして流れる川は、左へ大きく蛇行して卵形のように迂回して、元の位置近くへ帰ってくるのである。この蛇行距離はなんと16㎞にも及ぶ壮大なものであった。


 プージャオは、チャオプラヤ川が蛇行を終えて、元の位置近くへ帰ってくる根本部分にあり、そこではフェリーが対岸にトラックや乗用車を運んでいる。

その対岸の町が、これまた変な地名で、「プラプラデーン」 という。ここまで南下するとバンコクに住まいする人の多くは、その名前すら知らない。

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