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何でも体験だ 散髪でもしてみるか

 シーロム通りのヒンドゥー寺院近くを歩いていて、散髪のことを思い出した。日本の散髪屋さんには必ずと言っていいほど店先で回っている、あのシンボルマークを見たからである。

 タイでは赤と青のくるくる回る店は、残念ながら我々が思う散髪屋ではないのだ。もしやと覗いてみたが、やはりそれは美容院だった。ただその隣にマーク無しの散髪屋があるのを偶然発見した。

 店は主人であるオヤジと若い女性三人で営んでいる様子であった。 入っていくと顔を見るなりエッと云う表情を浮かべて緊張したのがよくわかった。

 緊張はお互いさま、異国といえども散髪は散髪だろう。 細かいことのタイ語は分からんが、目的が分かっているから、手真似でも理解は早い。
 髪のカットにシャンプー、ひげ剃り、それから耳掃除はできる? で料金はいくら。とたたみかけける。

 タイでは料金を先に聞くことが大切なのだ。終わってから聞くと、相手に考える時間が出来るので、敵はどうやってごまかそうかと知恵を絞る。

 外国人にまったく縁のなさそうなオヤジは300円、と慌てて答えた。

 話がまとまって、カットが始まった。 髪型はどうするかと聞いているようだが、まな板の鯉である私は、レオテー(任せる)とおうようなものだ。 まさか丸刈りにはすまい。

 カットされた髪がバラバラと落ちてくる。いつもなら居眠りするところだが、私の細い目は恐れおののいて悲痛そのものである。 なんとかカットは終えて前を見ると、鏡にはタイ人刈りの白髪のおっさんが写っていた。

 次のシャンプーは女性が担当らしく、時間をかけてていねいに洗ってくれた。流すのはお湯ではなく水道からの水を直接使うので、気温の高いタイではとても気持ちがいい。

 昔懐かしいカミソリを使ったひげ剃りは、順調に進行して最後はお待ちかねの耳掃除となった。 
 幼い頃、膝の上でマッチ棒の頭を使って母が掃除をしてくれた記憶を蘇らせながら、いよいよオヤジの出番を待った。

 歯科医が使うような専用のライトが引き出され、掃除用の細い金属棒が5~6本入った容器も運ばれてきた。
 これでは歯科に行って、仰向けになる姿勢を横にしただけの本格的な耳掃除である。

 オヤジはおもむろに時計修理に使うような、拡大鏡を眼にセットして作業を始めた。装備からして耳掃除の専門家スタイルである。
 痛そうであまり痛くはない、さすがプロである。 耳の奥から大きいのを引き出すたびに、ニヤッと笑みをみせる。

 20分ほどで耳掃除は終わった。  歯医者へ行ったときと同じで、痛いのではないか?  次はどうかと緊張するため、気持ちはよかったが肩がこった。耳の掃除はおえたが、期待していた老人性難聴の初期症状は緩和されてはいなかった。

 1時間半の至福の時間を過ごして300円か、病みつきになることがまた増えた。しかし同じバンコクの散髪屋でも、繁華街などの店やデパートなどでは、こうはいかない。散髪するなら場末の古ぼけた店に限る。

  

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