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ひとり旅について思う

 タンタワンプレースホテルのパーティーの翌日、部屋の清掃をしてくれるおばちゃんも、カンパリーソーダのおねいちゃんも「次のパーテイーはね、10月らしいぞ」と耳元で、声をひそめてささやく。 と、そうか10月にまた来ようか、などと浅ましく考えてしまう。
 
 その後の数年間で思ったのだが、タイ人の彼ら、彼女らは遊びであろうが食事であろうが、単独で行動することは非常に少ない。 ましてや食事などは、友達とワイワイ騒ぎながら楽しく食べるのが、子どもの頃から身についた習性なのだ。
 
 しかし、誰とでも食事を楽しむタイ人。と、片づけられない細かい心遣いがあったから、あんなに楽しいパーティーに参加することが出来たのではないか。
 そういえば、タイの各地を歩いてみて1人で来たのかあ、 などと優しく接してくれた事が何度もあった。

 タイ人の頭で考えていることが、少しずつ理解できるようになってきた。 もちろん優しい気持ちで暖かく接してくれるのだけれど、それ以外に 「このおじさんは、友達もいない可哀想な人なのだ」 との思いが根底にあるのだ。

 そうかあ。私は友達もいない淋しくて可哀想な人なんだ、と考えれば納得できることがたくさんあった。私なんぞ 「ひとり旅」 といえば、何かしらロマンチックで素晴らしい旅、などと錯覚をしていなかっただろうか。

 そりゃあ友達との旅はそれなりに楽しいし、話し相手があって大好きではあるが、一ヶ月か二ヶ月毎にタイへ行こうと、誘うことなど出来る相談ではない。

 寂しくて可哀想な人ではあるが、 「ひとり旅」 には、迷ったり悩んだりしながらそれを解決したり、忘れかけていた感性が多少なりとも復活し、研ぎ澄まされていくような事だってあるのだ。これはツアーなどでは得られない特権であろうと自画自賛している。
 
 タイスキおじさんは、タイの田舎で 「お金と時間さえあれば、何とかなる」 とつぶやきながら、これからも歩き続ける事であろう。

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