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風情の片鱗もない運河ボート

 ナレーションが始まりました。「忘却とは忘れ去る事なり、忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」。ここから始まる連続ラジオ放送は、今から58年前のNHKラジオだった。この放送が始まると、当時は風呂屋の女湯はからになる。と言われたほどの熱狂ぶりだった。

 氏家真智子と後宮春樹の悲恋物語の内容は、年配の方なら記憶されているだろうが、知らない方なら親御さんにお聞きなれば、はるか昔を偲び懐かしまれるに相違ない。テレビ無き時代、日本中がラジオにかじりついたものであった。

 国民を熱狂させた映画がタイにもあって、今は中年となられた女性を、興奮の坩堝に誘って、紅涙を絞ったそうである。

 その名は 「メナムの残照」 。これは第二次世界大戦時に、タイに進駐していた日本軍の青年将校小堀と、大学生だった美しいタイ女性アンスマリンとの悲恋物語である。二人の愛はトンブリ地区の運河を舞台で進んでいくのだが、最後は小堀の戦死で終わる事になる。この映画は3回も作り替えられて、それでも満員となる名作であったそうだ。

 私がタイを訪れるようになった当初、田舎などでコボリ、コボリ とよく話が出るのが何なのか、さっぱり分からなかったのだが、後年ハンサムな日本軍将校小堀のことだと分かった。 友人などに 「ポン チュウ コボリ」 (私の名前は小堀) などと云って女性をからかっていた人もおった。

 トンブリ地区には今でも運河が多く残って、昔のシャムの生活が残っているかのように思われる。そんなところへ行って残照を浴びてみたいと思うのは、ぜいたくな希望だろうか。

 バンコクは海抜0メートルからせいぜい2メートルくらいの、湿地帯に作られた都市である。こんな脆弱な土地に、大きなコンクリートの建物を無制限に建て、電車をはしらせ、おまけにこ地下鉄さえも運行を始める。バイタリティーが旺盛というか危険を顧みないというか無謀な都市なのだ。

 この都市に約600万人の人々が暮らしているのだから、世界的な渋滞が連日ひきおこされ、交通整理の警察官をはじめ、バイクの運転手にも、排気ガスよけのマスクは必需品となる。こんな状況の中で通勤、通学、その他お急ぎの多くの人々に利用されるのが運河ボートである。

 一番利用度の高いセンセーブ運河のボートは、バンコク中心部にある「ジムトンプソンの家」や「伊勢丹」の北側の運河を走り、非常に便利なので、数多くの人たちが一日中利用している。

 一度、念のためにと乗ってみたが、信号が無い上にトラックのエンジンを使用しているのでスピードが早いので、渋滞もなく多くの人に愛用される交通機関であることがよく分かった。

 ところが運河の水がとにかく汚い。水をすくい上げて顕微鏡で見たら、ゾウリムシやアメーバ、ミジンコなどの微生物がうようよ居るに違いない。汚れがひどいので、溝特有の悪臭も追い打をかけてくる。

 ボートがスピードをだすため、汚水のしぶきを頭からかぶってしまい衣服も被害を受ける。この飛沫を防止するため、ご親切にもボートの側面をシートで覆っているから、何も見ることは出来ない。

 バンコクの裏側の生活や、鄙びた風景、スラムの片鱗などが見られないだろうか、など期待してもそれは淡い期待でしかないのだ。

  これではボートが、渋滞緩和のためだけの交通機関だとしか云えない。観光客が乗ろうものなら、悪臭漂う何も見えない牢獄へ入って、移動しているだけのやっかいな乗り物と云わねばならない。

 そうではなく、昔からあるようなのんびりと、そして素朴な運河を見たい。こんな運河はやはりトンブリに行かないと見つからないのだろうか。 私は急がない。 ゆっくり本当の運河を探してみたい。

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