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これが運河だ

 28人の客を乗せたボートはチャオプラヤ川を横切り、トンブリーのノーイ運河に入った。

Photo_5  そして周囲の様相は一変して、これぞ運河の趣を見せ始めた。運河には共通のボート乗り場はなく、それぞれの家から階段が運河の中まで降りている。

 水位の変化に対応した自家用桟橋である。 ボートに用事があれば大声を出して、手を挙げれば自分の家に寄ってくれるのだ。
 たくさんの手漕ぎボートが、家々の階段に寄って、声をかけながら移動していく。
果物を商うボート、お菓子の手漕ぎ舟、麺を湯がいて食べさせるラーメン屋、なんと黄色い袈裟の坊様までが手漕ぎ舟で托鉢をしているぞ。

 黒い布をまとった女性が運河で水浴びしていて、横で子供が釣りをしている。なんとのどかな風景なんだろう。
上流になると交通手段はボートだけ、家の裏手はうっそうとした森が広がり、小道一つ見あたらない。

 買い物帰りのおばさんを、犬が尻尾を振ってお出迎え、タイの犬も日本の犬をまねて嬉しいときは尾を振るらしい。

 おばさんは階段につく前に、軽く飛んでご帰還、水苔で滑りそうだが、そこは40年以上のベテラン慣れたものだ。
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 運河は延々と続き、流れるホテイアオイも多くなってきた。たくさんある支流の運河にも、それぞれの生活が息づいているはずだが、想像するしかすべはない。

 大都市バンコクには、普段は見る事が出来ない昔からの生活が、今でも息長く続いているのを間近に見る事が出来た。

 淋しい田舎に来てしまった。残った客は3人になって終点のバンヤイに着いたらしい。
ターチャンを出て所要時間は1時間半であった。
 バンヤイの村は橋があって、わずかな店があって、小さなお寺があって、なんら特徴のない普通の田舎町であったが、これは当たり前のこと。

 運河沿いのお店で麺を食べていると、さきほどのボートの船頭が手招きをしている。ターチャンへ帰るらしい。 今日は朝からウロウロと時間を費やしすぎて、疲れを覚え始めていたので帰ることにした。 バンヤイの村の探訪は後日に残しておこう。

 しばらく走って気がつけば薄暗くなってきている。空を見上げると空は墨を流したような雲に支配されようとしていた。 思うまもなく稲光と共に空を引き裂くような雷鳴、空からの水も大量に落ちてくる。

 ボートはスピードも落とさずに走り続けて知らぬ顔、乗りあった客は全員ずぶ濡れとなって悲惨そのものである。 こんな状況でも慌てず騒がず、タイ人は少々のことでは動じない。雨が止めばすぐ乾くことを熟知しているのだろう。

 そういえば、いつかホテルの窓から隣の家を見ていたら、激しい雨の中でおばさんが洗濯物を物干しにかけているのを見て、驚いたことを思い出した。
 普通なら慌てて取り入れるはずだが、真意は雨が止めばすぐに乾くか。熱帯の国の雨季には驚くことが多い。

 ターチャンに着いたときにはすでに太陽が顔を出していた。迷いながら一人で旅をしていると、いろいろなことを感じたり、何気ないことに感動したりして、何か楽しさを独占しているように思えてくる。これからもじっくりとタイを味わっていこうと思っている。

 

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バンコクの運河ボート」カテゴリの記事

コメント

タイスキ様、こんにちは

チャオプラヤ川を、ボートでクルーズですか^^

豪華とはいきませんが・・タイに来たという情緒、実感が味わえますね~

こういう旅は、私自身、もう10年ぐらいはしてないなぁ~

投稿: 高兄 | 2010年7月22日 (木) 11時24分

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