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思いがけぬ出会い

 この記事は過去に一度投稿したものである。バンコクで友人と話しているとき、チェンマイからスコータイまで小さな飛行機に乗って面白かったと云う話を聞いた。

 それなら私も一度は乗ってみたいものだと思っていたが、数ヶ月後にチェンマイに行くことがあって、これはチャンスとばかりに、飛行機の手配をした。そして翌日空港へ向かうのだが、ここから先を書くと私の前職が分かってしまうので躊躇したのだが、犯罪の前歴ではないのであえて書くことにした。

 私は公立中学校で教科の指導するかたわら、女子運動部の顧問兼監督を28年間やっていた。その間、何百人の部員と関わってきたが、運動技能に秀でた生徒と、若干運動には不向きな生徒がいることは事実であったが、まあこれは仕方がない。

 しかし能力的に優れていても、家庭の経済的な理由等によって、力が発揮できない部員だっている。この年もそんな生徒が在籍していた。

 彼女は2年生から3年生まで、用具やユニフォームも満足に整えられぬまま、先輩の残したものを使って、レギュラーの座を守り続けた非常に明るい生徒であった。この年は京都府で優勝はしたものの、近畿大会では力及ばず涙をのんだ年であった。

 しかし彼女にとっては、高校進学を断念しただけに、中学校のクラブ活動が忘れ得ぬ思い出となったはずである。 ところが卒業して間もなく、突然家族共々消息を絶ってしまい、いつまでも気になっていた生徒だった。

 さて、翌朝スコータイを目指して、チェンマイ空港へ行き航空券を搭乗券と引き換えて、搭乗案内を待っていると、今バンコクから到着した飛行機からたくさんの乗客が吐き出されてきた。

 その中には日本人のツアー客が何組かあって、初めてのチェンマイに、興奮気味な様子を見せながら賑やかに出てきた。

 そのツアー客の最後に出てきた女性、どこかで見たよう顔があった。その女性は「先生ですか!」と駆け寄ると涙が溢れ出て、しばらくは言葉が出なかった。 行方不明になっていた中学生に、日本を遠く離れたチェンマイで逢うことが出来た。

 私も万感胸に迫って、しばらく会話すらできない。彼女が中学校を卒業して38年ぶり、奇跡の再会であった。 

 今は滋賀県で家庭を持ち子供が2人いて幸せに生活していています。思いついて初めての海外旅行にタイを選びました。 嘘じゃあないですよね。

 彼女はツアー客を待たせ、私はボーディングが始まって、10分間の再開であったが、長い間の胸のしこりが消え去ったようで、ほんとうに嬉しかった。 これからも幸せに暮らせよ。

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