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勇気ある日本の若者

 私くらいの歳になるとパソコンは持っていても、メールに年賀状、ワードくらいの使用で、なかなか新たな機能を使うことなどは出来ない。 ま、歳もとしだからと、適当にやっていたのだが、娘に勧められてパソコン教室に通うことになった。

 私が通い始めた教室は、近鉄モモの中にあって、親切丁寧な4人の先生に手取り足取り指導をうけた。教室にはコーヒーや紅茶、など飲み物が置いてあって、非常に居心地の良い教室であった。

 しかし認知症予備軍のような私なので、少ずつしか進むことは出来なかったが、それでも楽しく通うことが出来たのは、優しいインストラクターの皆さんのおかげである。 そして一年も過ぎたある時ブログをやってみませんか。と優しく声をかけられて、やってみるか。と始めたのが一昨年だった。

 そして始めたブログは、タイの旅に特化することにした。これまでブログなど考えたこともなかったので、タイの写真などは使えそうなものが無く、しかたなく文章を書きつづるだけのブログとして出発した。

 地理的に考えて、タイの中央部から始めて全体に広げていこうと、中部のピサヌロークの町から始めてみた。全体に範囲を広げるまでに、当然挫折をするであろうと思ったが、何とか皆さまに励まされて今まで続いているのは驚きである。

 読み返してみると第1回目のブログには 、こんな事を書いていた。    ピサヌロークのバスターミナルは、町の中心からかなり東に離れている。このバスターミナルには英語の表記はなく、すべてタイ語で純国産の非常に不親切なターミナルであった。

 ミミズが柔軟体操しているように見えるタイ文字が、読めるはずもなく、行き先にはいつも神経をつかっている。ある時私はターミナルから、ホテルへ帰るためバスに乗った。
  
 発車まぎわのバスに、見事な金髪青年が飛び乗ってきた。乗客の視線は一斉に青年の金髪に注がれている。

 このバスは田舎町ではあるが、料金は生意気にも距離制である。さっそく車掌が行き先を尋ねるのだが、彼は自分の行き先が答えられない。

 リュックをかき回して、やっとガイドブックを探しだしたが、急にはページも繰れない。その間バスはどんどん走っていく。こんな時の焦る気持ちはよくわかる。彼のガイドブックが日本語のように見えたので、お節介なタイスキおじさんは、「何処まで行くの」と声をかけた。

 と 金髪青年は大声で 「日本語が話せるんですか」 ま、私も日本人の端くれなんですよ。何処まで行きたいの?と聞くと 「エキ駅」。 鉄道の駅であることを確認して、車掌に告げるとコップンカーで一件落着し、彼はキップを手にすることが出来た。

 気がつけば、私が降りるトップランドホテル前のバス停は、はるか後方に去っていた。
車掌に小声で停車を告げてそっと降りると、金髪の若者と車掌が笑って手を振っていた。 言葉が全く出来なくて頭は金髪でも、一人で旅している彼の勇気はほめてやろう。

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