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2010年12月

誰のための エアポートリンク?

 待ちに待った、空港から都心に向かう電車がこの8月についに開通した。しかし利用した人の感想は悪評ばかりで、よく言う人は少ない。空港から辺鄙なところばかりを走って地下鉄、BTSに乗り換えられるというが、どうも接続に問題があって役に立っていないそうだ。

 エアポートバスもタクシーも不安定要素が多いので、新たに完成した電車に大きな期待を抱いていたタイスキおじさんは、またかいなあ。と落胆しきりであった。エアポートリンクなんて生意気な名前が恥ずかしくないのか、よう走れたモンや。

 そこで重さ15㎏のスーツケースを引いて、エアポートリンクに乗車してみた。空港2階の到着階からエスカレーターで地階の左端までやって来た。人の少ない寂しい場所だが、それでも切符売り場はある。

 まだ開通して3ヶ月しか経たないので、切符は全線15Bの大サービスだ。それでは改札機は、ない! まだ暫定なので改札口付近に立っているおじさんに切符を見せるだけだ。40メートルほど進むと外観は立派な3両編成の電車が停車していた。

Photo_3  乗車してみると1車両に5人くらいはスーツケースを持った客が座っていた。どうも落ち着かない綺麗な電車だ。

 客の少ない電車も時間が来ると定刻発車である。

 バン! と車内に響き渡る大きな音がした。一瞬度肝を抜かれるような大きな音である。 この音はドアーが左右から閉まって、その後手前にバンと引かれて安定する仕組みだった。

 それはなかろう。その時足を挟まれたら骨折は免れない。骨折事故は時間の問題と思うのだが。 心臓に響くようなこんな大きな音が、駅毎に鳴り響くのだから、眠気を振り払うには役立つだろうが、やはり欠陥電車だと云わざるを得ない。

 空港を出た電車は途中7駅で、終点パヤタイ駅に約30分で到着した。重いスーツケースを持つと、ここからが問題だ。パヤタイ駅の到着ホームは4階にある。当然次は3階に降りるのだが、何とエレべータ-もエスカレーターもない立派な駅なのだ。

 ここで足腰の弱ったタイスキおじさんに、15㎏のスーツケースを担いで下りろとはい何と言うことだ。階段を約25段も数えてやっと3階に降りる事が出来た。

 3階から2階へもエスカレーターもなく階段だ。金はないけど時間には余裕があるので、入念に調べてみるとエレベーターが1基隠してあった。エレベーターのドアーには車椅子のマークしかなかったが、重い荷物でも当然利用できるはずだと乗ることにした。それを見ていた係員もないも云わなかったからいいのだろう。

 2階まで降りるとなめらかな傾きを持った通路があって、20メートルも行くとBTS高架電車のパヤタイ駅に無事接続していた。BTSのホームには登りのエスカレーターが1個所あるので、階段の恐怖はない。

 空港からBTSにたどり着く場合の恐怖は3個所だ。ドアの閉まるド迫力ある大音響。時間によっては日本の通勤電車さながらの混雑。パヤタイ駅にある25段の階段。大阪からの午前便で到着した乗客は、間違いなくラッシュにかかって、エアポートリンクもBTSでも肩身の狭い思いをしなければならないだろう。

 念のために書いておくと、急行駅のマッカサン駅で下車してタクシーを拾うか、地下鉄に乗り換えればいい。などと物の本には書かれているが、これは歩き回って迷うだけ、私はパヤタイ駅まで行ってBTSに乗り換えるのが一番いいと思っている。

帰途の空港行きの場合はどうだろう。BTSパヤタイ駅からエアポートリンクのホームまでエスカレーターが一応完備しているので、帰国する場合は問題がない。

 エアポートリンクと名付けた電車が開通したと聞いて、これでタイへ出入国する観光客やビジネス客も、アクセスに気を遣うことなくなったはずなのだが、これには但し書きがある。

 それはラッシュ時間を避ければ、観光客も快適に利用できると言うことだ。大阪から到着する便は2便とも朝夕どちらかのラッシュにかかるので、気持ちよう使うことは出来ないのである。

 現在の全線15Bのサービス期間が終わり、通常料金になってラムカムヘンあたりの学生の乗車が減少すれば、多少は混雑が緩和するのかも知れない。色々と調べてみたが、タクシーを利用するしかないか。と落胆している。

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スワンナプーム空港からのアクセス(タクシー)

 空港から都内へのエアポートバスが役にたたないのなら、私があまり好きではないタクシー利用の選択もいたしかたない。とスーツケースを引っ張って空港一階のパブリックタクシーの乗り場へ行った。

 そこには受付のデスクがあって、係員が客から行き先を聞いて、列を作って客を得るべく並んでいる運転手を順に呼んで、客の行き先が分かるかどうかを確認の上で、客を運転手まで誘導する。その時点で何やら書いた書類を客に渡すのでこれは、下車するまで保管する。

 この用紙は途中でトラブルが起こった場合解決できるよう、車のナンバーと送り先、運転手の名前が記されているので、無事に目的地に着いた時点で運転手に渡す。乗車してすぐ書類を手渡すよう要求する運転手もいるが、到着後渡す方がいい。

Photo_2  私の乗った運転手はハイウエー ? と聞いてきたので私はOKした。高速を走っても私の目的地までなら高速料金はせいぜい60~70Bだ。

 高速料はその都度客が運転手に渡すシステムなので、私はOKした時に、ハイウエーと言いながら100Bを渡しておいた。

 こうしておけば運転手は、料金所を通過する毎に律儀に支払って、釣り銭を私に返してくれる。

 途中で高速を乗り継いだが、一般道へ出たのは思った通りオンヌット付近だった。この頃から運転手はソワソワキョロキョロし始めた。目的のホテルを知らないのだ。 そして「どこだ」と言い始める。 こんな時は地図など見せても何の役にもたたない。子供の頃から地図など読んだことがないからだ。

 今日のホテルはBTS高架電車のオンヌット駅とプラカノン駅の間で、プラカノン寄りと聞いていたので、運転手に電車のプラカノンは前方か後方か、と聞いたら前方だと言うから、じゃあもう少し走れと指示した。

 暫くすると道路が坂になった部分に差しかかったので、ここはプラカノン運河の上だ。あと150メートルでホテルに着くと予測できた。こうして無事にホープランドホテルに到着したのである。

 メーター運賃170B+高速料70B+空港使用料50Bの合計290Bだったが、Photo 空港使用料50Bは空港が定めた使用料なので、運転手がボッテいるのではない。 

 ここのホテルから150メートル離れたところにある、プラカノン運河は素朴で古の運河風景を、今に残したような風情があって実にのどかである。

 船頭にパイオンヌットと告げて頷けば、地元客と混乗だが40分ほどゆっくり時間をかけて終点まで乗ることが出来る。

 乗船料はわずか10B(30円)である。

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空港からのアクセス 何でまた

 このブログは一昨年書いたものである。

 マニラ経由のタイ航空で定刻に到着し、ホテルに向かおうとするとき懐かしい事態に遭遇した。新しくできたスアンナプーム国際空港から、バンコク都内へのアクセスは、現在タクシーとエアポートバス しかない。これでは謳い文句のアジアのハブ空港が泣きまっせ。

 私が宿泊を予定しているホテルは、スクムミット通りにあるので、その通りを走る AE3 系統のエアポートバスに乗った。 このバスが、渋滞の名所である伊勢丹前を迂回してから、スクムミット通りに逆方向から入ってくることになっていたのである。 このことに気づいたとき、昔の苦い思い出が頭をよぎった。

Photo  空港を出てからしばらくは、広い道路を快調に走っていたバスが、バンコクの都心に近づくにつれて速度を落とし、道路が高架になった場所で大渋滞のため完全に停車した。 停車した車列はそのまま道路に張り付いて、なんと1時間40分経過した。

 昔のバンコクが戻っていた。これは懐かしい。  外国人旅行者はドアを開けろ! の大合唱だ。    運転手がやむなくドアを開けると、10数人いた乗客は高速道路にもかかわらず、停車している車の横を大きな荷物を背負って36℃の暑さの中、一列になって行儀良く歩き始めた。 

 私は夕食を取ってあとはホテルで寝るだけなので、バスの成り行きに任せて「まな板の鯉」を決め込んだ。その時車内に残ったのは、私を含めてたった2人だった。

 夜の帳が降りて、ホテルに着いたのは、空港を出て3時間20分後であった。日本からマニラまで3時間30分、マニラからタイまで3時間5分、空港からホテルまで3時間20分だ。

 空港からホテルまでの所要時間は、フィリピンからタイへ飛行機で来る時間より長くなってしまった。まさにバンコクの渋滞は国際級に逆戻りしたのである。

 赤シャツを着て道路を封鎖してみたり、のんきに空港連絡電車の完成を伸ばし続けたりしている場合か。空港とのアクセスである電車の開通が待たれているが、毎度の事ながら延々と遅れている。プミポン国王の誕生日である12月5日の開通予定も、当然のごとく延期された。 

 最近の公式発表では3月に開通となっていたが、今はもう4月でっせ。開通などは誰も信用してませんって。

 などと以前、私はブログでぼやいていた。 このエアポートバスAE3系統は、スクムミット通りを走って、客が降りたい最寄りのバス停で客を順次降ろしていくバスなのだ。便利なので150Bと少し料金は高いが使っていたが、何と巡回コースを逆にしてしまったのだ。

 空港を発車したバスは高速道路をバンコクの中心まで走って行って、そこから渋滞の中を牛歩のごとく、十分時間をかけてスクムミット通りをのろのろと空港方面に向かって走りながら客を降ろしていく。アホとちがうか。

 従来は空港から客を降ろしながら都心へ走っていて使い勝手が良かったが、もう乗るのは止めた。

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久しぶりのタイ

 九ヶ月ぶりのタイはマンゴーが全盛期を迎えていた。タイは3月から政情不安で荒れ狂っていた。海外の目から見れば、やっと終止符が打たれたかと目に映り、私も長かったのう。と呟きながらの訪タイであった。

 関西国際空港からバンコクに向かうタイ航空も、一日に2便と縮小されて寂しくなってしまった。現在もまだバンコクは非常事態宣言が出されたままで、そんなこと嘘でしょうと思われがちだが、やはりまだ警戒は必要だ。

 今回はバンコクに到着した日に、名刺を新たに作ろうと街にでかけた。BTS高架電 車のチットロム駅を降りると何だか騒々しい。思わず下を見ると地上が赤く染まっていた。

Photo_2 

 これはラチャダムリ通り(伊勢丹の前)で、タークシン派のデモである。陸橋を歩いてサイアムへ行こうとすると、陸橋の各所にこのような四人一組の警備がなされていた。

Photo_4 そして地上では交差点を中心に赤色の世界が広がっていた。

 何千とも知れぬ赤シャツ軍団が(タークシン派)大声で気勢をあげ、笛やクラクションを鳴らしながら派手なデモを繰り広げている。

 何百人もの警官が防弾チョッキを身につけ、楯を前に横隊を組んでデモ隊に進んでいくが、必死で阻止しようという気配はない。緊迫感が全く伝わってこないのだ。

道路脇では、赤シャツのお母さんやお姉さん達が、ミネラルウオーターやお菓子、果物の差し入れに余念がない。

 バンコクで読むことが出来る、翌朝の読売新聞の衛星版には、またまた騒乱か。と思わせるような記事が出ていたが、高架橋から見た限りでは、踊って歌って笛吹いて、赤いユニフォーム姿の田舎の大人が、バンコク都内の道路を占拠して、子供さながらに一日を楽しむお祭りとしか見えなかった。

 いくらガス抜きとはいえ、はやく平静に戻ってほしいものである。

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