メーサイ

国境を越えてみよう

 イミグレーションのある中心部に向かって歩いていると、市場などで用事を済ませた、山で暮らす女性達が三々五々大きな籠を背負って帰ってくる。民族衣装を身にまとって、いつものように縦に一列に並んで歩いている。 何で縦に並んで歩くのだろう。

 イミグレーションではパスポートと250B(750円)を出せば、出国のスタンプを押してくれ、ミャンマーのイミグレーションでパスポートは預けることになる。 (手元には預かり証だけになってしまう)。
Imiguresyonn  パスポートの預かり証を片手に歩けるのは、ミャンマーのイミグレーションから5キロ平方メートル。
しかも一日だけ入国有効となっている。
帰りにはタイ側で改めてタイへの入国手続きをしなければならない。

何度行っても代わり映えしないので、私は滅多に入らないのだが、白人観光客の後を付いて、入ってしまった。
それにしてもパスポートを手放すということは、心細いものだ。
久しぶりのタチレクの町は変わってとらんのう。観光客と見れば財布か歩いているように見えるらしい。
 市場には何でもありそうだ。象牙はもちろん虎の皮も2頭分干してある。これってワシントン条約で禁止されているはずだが、と眺めているとさすがに写真は撮るなと云う。 違反をしていることを自覚しているのだ。
 山から降りて、玩具を売っていた子供連れの若いお母さんは今日もきていない。気さくなお母さんだったので、もう一度あってみたいものだ。
 若い売り子が、電池やドライバー、百円ライターを売っているかと思えば、外国製の煙草や高級ウイスキーも売っているが値段がべらぼうに安い。たぶん偽物にちがいない。
 物乞いの子供がぞろぞろとつきまとい、若い衆が耳元でささやく「バイアグラやすいよ」 。もう疲れまっせ。
Photo_3  
こんな国は神経を使って疲れる、やはりタイの国は居心地が良い。
 国境の橋の上で、おばはんが子供を集めて、物乞いで稼いだ金を巻き上げていた。
まるで鵜が飲み込んだ魚をはき出させる鵜匠のように、金
をはき出させる鵜婆そのPhoto_2ものであった。
 
行ってみたい国ではない。
おもしろい国でもない。出国して2時間でタイへ再入国してしまった。タイの入国係官が早いなあと笑っておった。
 
  イミグレーションの近くに、ワントンホテルというこの町一番のホテルがある。超田舎のことなので一泊の料金は1000B (3000円) 位であるが、品位に欠けるので好きにはなれない。 10年も前に私が宿泊した時は、ボーイがミャンマーの子供の売春斡旋に精を出していた。

 白人のオヤジにと連れだって部屋にはいるのを目撃したが、少女は何と小学生くらいに見えた。いくら貧しいからと云って、ボーイが少女の斡旋に狂奔するようなホテルは品格乏しく、見下げ果てた存在である。

 また友人のM氏と、国境が閉まって夜の帳が完全に降りた頃、空室があればと聞いてみると、完全に足元を見られて、3000B (9000円)とふっかけられたことがある。私のタイでの経験では堂々のワースト3に入るホテルである。

 ただトイレはそれなりに美しいので、今回も使用してやった。 お昼が過ぎてレストランがすいていたので、昼食を食べてみたが、予想通り美味しくなかった。
 
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 ホテルから大通りへ出たところが、ソンテウの乗り場になっていて、バスターミナルへ行くにはここから乗車する。
 写真にあるように、小型トラックを乗り合い用に転用した乗り物が「ソンテウ」である。
 
 
乗り合いなので15Bの料金で、タイミナルまで行く庶民の足である。
 

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メーサイでもう一度泊まってみたい

ミャンマーの竹藪の小道に続く裏のボーダーが、外国人は兵士によって阻まれて通過できないので、無理をしないで引き返すことにした。 この国境検問所は仮にビザがあってもまず入ることは不可能である。 もし入ることが出来てもミャンマー領にある、少数山岳民族の村であろう。

 引き返す途中に小道から川に降りる坂道がある。この下にあるのがメーサイゲストハウスだ。

Gesutohausu_4 今までに何度か立ち寄ってみたが、見栄えはよくないがコーヒーがうまい。

 そして粗末なトイレもあるので気軽に利用できるのが有り難い。

 今回も休憩してコーヒーを飲もうとすると、奥さんがあっちがいいだろうと、川にせり出した吾妻屋風の休憩所に誘ってくれた。

眠気を誘うような静かでのどかな風景の中に身を置いて、30分ほどメモをとって、渓谷や川のせせらぎなどを聞きながら時を過ごした。

 10メートルほどの対岸では、ミャンマーの女性が4人で話をしながら洗濯をしている。日本でも昔はあのように川で 手洗いの洗濯などしていた。一年中が夏であるタイやミャンマーでは、水を使うことは気持ちが良いに違いない。

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 吾妻屋で一人ぼんやりしがら、子供だった頃のことを思い出していた。地図を見ると日付変更線というものがあって、太平洋に縦に線が引いてある。  私は子供心に太平洋には本当に赤い線が引いてあるのだと信じていた。

 また同じように国境にも線が引いてあって、国が特定されているのだと思っていたが、現実には、線はなかった。  子供の頃は無邪気なことを考えていたもんだ。

 

いま現実には線は引いてないが。10メートル先が国境を越えた隣の国なのだ。そこで話しているあの女性達は異国(ミャンマー)の人だ。 そして時計を見ると、空腹を覚えるはずだ。ちょうど1時になっていた。 

 しかし待てよ、あの洗濯している女性達は12時30分の世界の人なんだ。 10メートルしか離れていないのに、私のいる国は午後1時で彼女の国では12時30分なんて、時差とは不思議なことである。  (これまで考えても見なかったが、タイとミャンマーには30分の時差が存在する)

 つまらぬ事を考えていたが、コーヒー代を払って道を下り始めた。 そしてまた山の方へ伸びる別の道を発見てしまったのだ。
どこへ行くのだろう。何があるのだろう。 一人でする旅はなんでも気になり歩いてみたいのだ。
 Keikoku_3                         

この渓谷の右側はミャンマー。

左側はタイであるが、写真の中央の上の方はミャンマーが入り込んでいる。

まことに静かな国境の風景であった。    

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ミャンマーとの国境の町 メーサイへやって来た

 メーサイの町は、イミグレーションを中心にして町は成り立っている。そしてあらゆるバスが到着するバスターミナルからは、ご多分に漏れず、とてもじゃあないが歩ける距離ではない。

 ここからイミグレーションまでは、ソンテウに乗り換えるのだが、バス一台の客を出来るだけ乗せようとするから超満員になる。 ターミナルがわざわざ遠くにしてあるのは、トゥクトゥクやソンテウ運転手の生活を保障するためだろうが、客には迷惑な話である。

 満員になっているのにソンテウの客は、私が行くと乗れ乗れまだ乗れる。と言いながら席まで用意してくれる。この優しさが、タイ人の真骨頂であろう。
このソンテウの料金は15B、つまり43円だから、一日にかなり往復運行をしているので、相当な稼ぎになっていることだろう。

 イミグレーション前が、ソンテウの終点になっているから、ここでみんなが下車をする。 見慣れない服装、人の流れや様子を眺めて、少し引き返して市場を散策していると、山へ続く道があった。ワットドイワオへの道だ。 久しぶりにその気になって登ってみた。

 私は山に登るのが嫌いだ。か弱い足が、水平移動をしながら60㎏の体重を上方向に押し上げねば登れないからだ。 足は交互に動くので片足ずつ交代で、60㎏を押し上げる重労働を強いることになる。このことが辛いし、最近は膝にも痛みが来るようになった。

 頂上にたどり着いて、寺の境内から眺める風景は、眼下にメーサイの村を、左側にイミグレーションとミャンマーの町タチレクを詳細に見せてくれていた。
 一転裏側の展望台から下を見ると絶景だ。サイ川の流れが高い山の谷間を流れ下って、俗界に汚されながら移動していく。

 神秘的な流れの左側はタイの集落がまばらに見られて、右にはミャンマーの家々が散在して一幅の絵を演出している。  やはり今日もサイ川に沿って奥深く歩いて自然を楽しんでやろう。
商店街を抜けると、自称宝石屋が石を選別していた。

 ミャンマーからの原石を選別をしているとの事だが、中に入って見てみると1㎝ほどの石を選別していた。 これが宝石か? ただの石ではないか。 
 でもこの大きさなら砂ではないし、石の大きさでもなく「礫」の大きさだ。気の毒だがこれの加工したものを買う人はないだろう。
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 さらに上流へと足を運ぶと、国境であるべきサイ川の幅はさらに細くなり、狭いところで5メートルくらい、これが国境になっているなんて、不思議な思いがする。   行け行け登れ登れと歩を進めると人家は途絶えて、最後の家となる。
Saigonoie
 この最後の家を近くから覗いてみると、若いタイの兵士が5人詰めて談笑していた。
その横には倍率が高そうな双眼鏡が二つ三つ。本物の銃が6丁ほど立てかけてあった。 私は知ってはいるが念のため、この先へ行けるのか?  と聞いてみると、行けないパマー(ミャンマー)だ。
 アンタラーイ(危ない)と止められた。

  川の上流ではミャンマーが川を渡ってタイ領に入り込んでいるのだ。 以前もこの道を進んでいって小屋に兵士がいなかったので、そのまま竹藪の小道を上っていって、心細くなった。
ちょうど山を降りてきた少数民族の人に聞いてみたら、やはりここはパマー(ミャンマー)だと云われて引き返したことがあった。 危ないことは自重しよう。

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チェンライの生活に入った日本の人

 チェンライの国道を通るたびに「マンゴーが空から降ってくる」の著者である、水野 潮氏の以前の生活を思う。  水野さんは著書の序文にこんな事を書いている。
ここはタイ最北の県チェンライから少し離れたありふれた農村である。私がここに住むようになったのは、深い理由はない。

 たまたまチェンマイへ出ていた、うちのヤツと知り合いになって、彼女の実家に行って気が付いたらそのまんま居着いてしまったのだ。
どうしてタイ人と結婚したのかと聞かれると困るが、ふとしたことから一緒に暮らすことになった。そして「彼女の実家が、チェンライ県であったと言うだけでのことである。運命とはこんなものだ。

 動機はさておき、この本の中味が非常に面白い。 たとえば水野さんがバイクの運転免許を取りに行ったときの事などには、「これまでずっと乗っていたバイクも、いつまでも無免許では悪いので正式の試験を受けることにした」。

 運転免許試験場へ行って「英語のテスト用紙はありませんか」と係官に聞くと「ありません」。ホットした。  英語であってもどうせ読めないのだ。
試験場は親切にも可愛らしい女の係官を一人、外国人の私に付けてくれた。

 試験は一つの質問に対して答えが四つあって、正解を選ぶ形式であった。 二十問で十五問出来れば合格である。

彼女が質問を読んでくれる。 「正解は何番?」  [一番]  といい加減に答えると「本当にそれで良いの?」  [じゃあ二番]。 「本当に?」  [ひょっとすると三番]。 「そうね」 と言って 微笑んでくれる。 

 万事この調子で二十問すべて正解であった。 その後には実技試験があって、まっすぐ走って、カーブが曲がれれば合格である。 自宅から試験場までバイクで来ているくらいなので、実技は合格して当然である。

Manngougasorakarahuru  こんな調子で村の出来事や娘達のこと、トカゲや蛇、虫などの取り方と食べ方などが克明に書かれていてたまらない。
 タイに興味があって、まだ読んでいなければ、ぜひ買い求めて読まれると面白い。

 こんな事を思い出しながら車窓を見ると、道路沿いにはパインナップルや西瓜の直売所が目だってきた。

 日本で見るそれより、一回り、いや二回りほど小さいのだが、パインなどは蜜がこぼれるほど甘いし、西瓜も完熟でとても美味い。 この直売所が 200メートル間隔ほどで並んでいるが店番の女性はたいがい居眠りをしている。
 
 と思う間もなく「検問」だ。バスの乗客はみんな不安げな表情にかわる。どうも権力が正当に行使されるとは思っていないのだ。(気分によって意地悪をされる)

 今日の検問は7人の警察官で、荷物の中から身分証明書まで綿密に調べている。外国人の不法就労、麻薬の所持などに重点が置をおいて検問をしている。

 検問などにはもう慣れっこになってしまった。警察官が3人でも5人でも同じ事、悪いことで詮議されるようなことはしていないので、パスポートも出せと云われるまでは出さない。

 顔を見ると黙って頷いて、次の人に移っていく。しかしバンコクから出るときはやはり用心してパスポートを持参しなければならないと思う。 

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メーサイへひた走らないバス

 今日はバスに乗る前に、竹の一節を薄く削った器の中に、餅米と小豆を蒸して少し甘く味付けをした赤飯を詰め込んだカオラーオと呼ばれるものを買ってみた。
実際に食べてみると味はともかく持ち運びにも後始末にも大変便利な器であった。  食べた赤飯は可も無し不可も無しというところで、私の好みには合わなかった。

 このようなお菓子かご飯か分からないようなものが一節29円では、竹の加工代にもならないと思うのだが、売っているのだから商売にはなるのだろう。

 バスの中では肌の黒いオバサンが、おしゃべりに夢中になっている。その顔はミャンマー女性が愛用するタナカーと呼ばれる、白い木粉を水に溶いたものが無造作に塗りたくられている。
これは女の赤ちゃんでもお母さんでも、お洒落と日よけが目的で塗っているのだそうだ。
少し黒い肌なので、今更日よけは要らないだろうと思うのだが、そこの気持ちがよく分からない。

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 私の横には山岳民族のお爺さんが、古ぼけた民族衣装に身を包んで、山高帽に似た帽子を誇り高く頭に乗せている。 私の視線を意識して微笑んだ顔が、生きてきた年輪と優しさを感じさせてくれる。

通路に立っている お婆さんの歯が赤く染まっている。これは珍しいと眺めていたら、視線に気づいて横を向かれてしまった。
 こんな人達が乗り降りするバスは楽しくてたまらない。バンコクと違って殆どの人が背が低く皮膚の色は浅黒い。このバスの中では私など白人と同じように見える事だろう。 ああ嫌だ。

 オッ、反対車線を走っているバイク、あれは危ない。家族の3人乗りで、かなりのスピードを出している。 それが前に立っている4歳くらいの小さな女の子にハンドルを持たせている。見たもののほうもドキットする。

 ちょうど中間点になるメーチャンの町に着いた。そしてこの町をぐるっと一周して、思い直したように元の国道に出て目的地に向かうのだ。
このメーチャンは、チェンセンやメーサイとの分岐点になっているので、ある意味では活気があるのかも知れない。

 この町を出る時、小さな農家の離れから50代とおぼしき白人男性が出てきた。そして後からタイ人の奥さんが続いたのには驚いた。 タイ人の女性と結婚して住み着いているのだろう。

 そりゃあ物価が安くバイクさえあれば移動は楽勝、本国で虐げられた生活をしているより、はるかに恵まれた生活が出来ることだろう。
 
 甘言に惑わされて、多くの男性が殺された事件がつい最近日本でもあった。 彼らは結婚相手が欲しかったらしい。結婚して幸せな生活を望むなら他国の田舎へ行って、婿入りするくらいの気概が欲しいものだ。 道は開けるぞ!

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ボロバスターミナルからボロバスに乗って

 
 今日はタイとミャンマー(ビルマ)の国境であるメーサイへ行くことにした。この町も何度となく訪問したので、あまり新鮮な思いはないが、あの悪評高い軍事政権のことだからどのような変化が起こっているかに興味がある。

 今日の朝食はお粥にした。 お粥と云っても鶏肉や色々入っていて、味の付いた美味そうなヤツと、病気の時に食べさせられる、何の味もしない病人様御用達のアレの2種類だ。

 私は当然のごとく病人様御用達のアレを選ぶ、大きめのご飯茶碗に粥を入れて、 日本人が忌み嫌うナンプラーを小スプーン3杯、透明で酸っぱい液体に、刻んだ唐辛子の入ったのを小スプーン2杯、特有な匂いを持つパクチーをドバッ、赤粉末の唐辛子を少々、緑と赤に彩色されたお粥は、ただものではない。


 こんなお粥は異様に写るかも知れないが、お粥のトレーの周りには客が好みでトッピング出来るように、ちゃんと置いてあるのだから私の食べ方は正解なのだ。 これのお代わりをして、あまーい西瓜とパインナップル、メロンをお皿に満載、コーヒーでとりあえず朝食を終了とした。

 7時50分に有名なボロバスターミナルについて、メーサイ行きのバスに座り込んだ。

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運転手、車掌が乗り込んで出発予定のはずが、二人ともバスから降りてしまった。
そうかそうか、いつものアレだな。 きっちり8時に国歌の放送が入って車掌、運転手だけでなく売店のオバサンはもとより、物売りも貧乏ですることのない人も、全員無言で直立して不動である。

 日本では国歌の演奏時に脱帽のうえ起立するのは、大きな体育大会や甲子園の高校野球などと今だ少ない。個人によって信条は異なるかも知れぬが、今更目くじらを立てて、難しいことは云わなくていいのではないかと私は思っている。

 国歌演奏終了と同時に、いつもの喧噪なターミナルに帰って、定刻を2分遅れて、バスは動き出した。 朝のバスは30分ごとに出発だが、すぐに満員となってしまう。
こんな小さなダイエットサイズのバスでも、車掌がにこやかに手伝い、指示して客をさばき、まことに小気味がいい。

 ドアは開いたまま、スピードメーターなどの機器もないようなバスが、マークだけはベンツのものを拝借して、人々の足を支えている。 こんなバスにでも物好きな外国人や間違って乗った外国人もいて、現地の服装や言葉遣い、皮膚の色などを目の前にして興味津々で満足をするのである。

 チェンライからメーサイまで、1時間30分のバスだが、運賃は113円である。  チェンライの新しくできたバスターミナルから乗車すれば、VIPバスもエアコンバにも乗ることは出来るが、メーサイまでの便数が少なく、途中の停車もしないのでつまらない。

 タイ人やミャンマー人、それから山に住んでいる何とか族などの人達が自分たちの足として乗り込んでくるから、旅の趣も出ようというものだ。 ボロボロのバスでも高級バスと同じように1時間30分でメーサイに着くのだ。

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タイ最北の町メーサイの様子

  イミグレーションのある中心部に向かって歩いていると、市場などで用事を済ませた、ミャンマーの山で暮らす女性達が三々五々大きな籠を背負って帰ってくる。民族衣装を身にまとって、いつものように縦に一列に並んで歩いている。 何で縦に並んで歩くのだろう。

 イミグレーションではパスポートと250B(750円)を出せば、出国のスタンプを押してくれ、ミャンマーのイミグレーションでパスポートは預けることになる。 (手元には預かり証だけになってしまう)。

 預かり証を片手に歩けるのは、ミャンマーのイミグレから5キロ平方メートル。しかも一日だけ有効となっている。(6時頃に閉門するから気をつけよう。)帰りにはタイ側で改めて入国手続きをしなければならない。
何度行っても代わり映えしないので、私は滅多に入らない。

  イミグレーションの近くに、ワントンホテルというこの町一番のホテルがある。超田舎のことなので
一番と言っても一泊の料金は1000B (3000円) 位であるが、品位に欠けるので好きにはなれない。 10年も前に私が宿泊した時は、ボーイがミャンマーの子供の売春斡旋に精を出していた。

 白人のオヤジにと連れだって部屋にはいるのを目撃したが、少女は何と小学生か中学生くらいに見えた。いくら貧しいからと行って、ボーイが少女の斡旋をするようなホテルは品格乏しく、見下げ果てた存在である。

 奈良県の友人のMさんと、国境が閉じて夜の帳が完全に降りた頃、空室があればと聞いてみると、
完全に足元を見られて、3000B (9000円)とふっかけられたことがある。私の経験では堂々のワースト3に入るホテルである。

 ただトイレはそれなりに美しいので、今回も使用してやった。 お昼が過ぎてレストランがすいていたので、昼食を食べてみたが、予想通り美味しくなかった。

 ホテルから大通りへ出たところが、ソンテウの乗り場になっていて、パイボーコーソーと聞くと、行くというので料金を聞くと15Bとのことだった。 一人の客で発車するときは、時にチャーターだからと法外な料金をとる場合があるので、気をつけねばならない。

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もう一度はメーサイに泊まってみたい

 ミャンマーの竹藪の小道に続く裏のボーダーが、外国人は兵士によって阻まれて通過できないので、無理をしないで引き返すことにした。 この国境検問所は仮にビザがあってもまず入ることは不可能である。 もし入ることが出来てもミャンマー領にある、少数山岳民族の村であろう。

 引き返す途中に小道から川に降りる坂道がある。この下にあるのがメーサイゲストハウスだ。
今までに何度か立ち寄ってみたが、見栄えはよくないがコーヒーがうまい。 そして粗末なトイレもあるので気軽に利用できるのが有り難い。

 今回も休憩してコーヒーを飲もうとすると、奥さんがあっちがいいだろうと、川にせり出した吾妻屋風
の休憩所に誘ってくれた。眠気を誘うような静かでのどかな風景の中に身を置いて、30分ほどメモをとって、渓谷や川のせせらぎなどを聞きながら時を過ごした。

 10メートルほどの対岸では、ミャンマーの女性が4人で話をしながら洗濯をしている。日本でも昔はあのように川で 手洗いの洗濯などしていた。 一年中が夏であるタイやミャンマーでは、水を使うことは気持ちが良いに違いない。

 吾妻屋で一人ぼんやりしがら、子供だった頃のことを思い出していた。地図を見ると日付変更線というものがあって、太平洋に縦に線が引いてある。  私は子供心に太平洋には本当に赤い線が引いてあるのだと信じていた。

 また同じように国境にも線が引いてあって、国が特定されているのだと思っていたが、現実には、線はなかった。  子供の頃は無邪気なことを考えていたもんだ。

 いま現実には線は引いてないが。10メートル先が国境を越えた隣の国なのだ。そこで話しているあの女性達は異国の人なんだ。
そして時計を見ると、空腹を覚えるはずだ。ちょうど1時になっていた。 

 しかし待てよ、あの洗濯している女性達は12時30分の世界の人なんだ。 10メートルしか離れていないのに、私のいる国は午後1時で彼女の国では12時30分なんて、時差とは不思議なことである。  (これまで考えても見なかったが、タイとミャンマーには30分の時差が存在する)

 つまらぬ事を考えていたが、コーヒー代を払って道を下り始めた。 そしてまた山の方へ伸びる別の道を発見てしまったのだ。
どこへ行くのだろう。何があるのだろう。 一人でする旅はなんでも気になり歩いてみたいのだ。

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ミャンマーとの国境の町 メーサイへやって来た

 メーサイの町は、イミグレーションを中心にして町は成り立っている。そしてあらゆるバスが到着するバスターミナルからは、ご多分に漏れず、とてもじゃあないが歩ける距離ではない。

 ここからイミグレーションまでは、ソンテウに乗り換えるのだが、バス一台の客を出来るだけ乗せようとするから超満員になる。 ターミナルがわざわざ遠くにしてあるのは、トゥクトゥクやソンテウ運転手の生活を保障するためだろうが、客には迷惑な話である。

 満員になっているのにソンテウの客は、私が行くと乗れ乗れまだ乗れる。と言いながら席まで用意してくれる。この優しさが、タイ人の真骨頂であろう。
このソンテウの料金は15B、つまり43円だから、一日に何回乗務したかは知らないが、、相当な稼ぎになっていることだろう。

 イミグレーション前が、ソンテウの終点になっているから下車した。 見慣れない服装、人の流れや様子を眺めて、少し引き返して市場を散策していると、山へ続く道があった。
ドイワオ寺への道だ。 久しぶりにその気になって登ってみた。

 私は山に登るのが嫌いだ。か弱い足が、水平移動をしながら60㎏の体重を上方向に押し上げねば登れないからだ。 足は交互に動くので片足ずつ交代で、60㎏を押し上げる重労働を強いることになる。このことが辛いし、最近は膝にも来るようになった。

 頂上にたどり着いて、寺の境内から眺める風景は、眼下にメーサイの村を、左側にイミグレーションとミャンマーの町タチレクを詳細に見せてくれていた。

 一転裏側の展望台から下を見ると絶景だ。サイ川の流れが高い山の谷間を流れ下って、俗界に汚されながら移動していく。

 神秘的な流れの左側はタイの集落がまばらに見られて、右にはミャンマーの家々が散在して一幅の絵を演出している。  やはり今日もサイ川に沿って奥深く歩いて自然を楽しんでやろう。
商店街を抜けると、自称宝石屋が石を選別していた。

 ミャンマーからの原石を選別をしているとの事だが、中に入って見てみると1㎝ほどの石を選別していた。 これが宝石か? ただの石ではないか。 
 でもこの大きさなら砂ではないし、石の大きさでもなく「礫」の大きさだ。気の毒だがこれの加工したものを買う人はないだろう。

 さらに上流へと足を運ぶと、国境であるべきサイ川の幅はさらに細くなり、狭いところで5メートルくらい、これが国境になっているなんて、不思議な思いがする。   行け行け登れ登れと歩を進めると
人家は途絶えて、最後の家となる。

 この最後の家を近くから覗いてみると、若いタイの兵士が5人詰めて談笑していた。
その横には倍率が高そうな双眼鏡が二つ三つ。本物の銃が6丁ほど立てかけてあった。 私は知ってはいるが念のため、この先へ行けるのか?  と聞いてみると、行けないパマー(ミャンマー)だ。
 アンタラーイ(危ない)と止められた。

  川の上流ではミャンマーが川を渡ってタイ領に入り込んでいるのだ。 以前もこの道を進んでいって小屋に兵士がいなかったので、そのまま竹藪の小道を上っていって、心細くなった。
ちょうど山を降りてきた少数民族の人に聞いてみたら、やはりここはパマー(ミャンマー)だと云われて引き返したことがあった。 危ないことは止めよう。

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この付近で思い出す人

  この国道を通るたびに「マンゴーが空から降ってくる」の著者である、水野 潮氏の以前の生活を思う。  水野さんは著書の序文にこんな事を書いている。
ここはタイ最北の県チェンライから少し離れたありふれた農村である。私がここに住むようになったのは、深い理由はない。

 たまたまチェンマイへ出ていた、うちのヤツと知り合いになって、彼女の実家に行って気が付いたらそのまんま居着いてしまったのだ。
どうしてタイ人と結婚したのかと聞かれると困るが、ふとしたことから一緒に暮らすことになった。そして「彼女の実家が、チェンライ県であったと言うだけでのことである。運命とはこんなものだ。

 動機はさておき、この本の中味が非常に面白い。 たとえば水野さんがバイクの運転免許を取りに行ったときの事などには、「いつまでも無免許では悪いので正式の試験を受けることにした」。

 運転免許試験場で「英語のテスト用紙はありませんか」と係官に聞くと「ありません」。ホットした。英語であってもどうせ読めないのだ。
試験場は親切にも可愛らしい女の係官を一人、外国人の私に付けてくれた。

 試験は一つの質問に対して答えが四つあって、正解を選ぶ形式であった。 二十問で十五問
出来れば合格である。
彼女が質問を読んでくれる。 「正解は何番?」  [一番]  といい加減に答えると「本当にそれで良いの?」  [じゃあ二番]。 「本当に?」  [ひょっとすると三番]。 「そうね」 と言って 微笑んでくれる。 

 万事この調子で二十問すべて正解であった。 その後には実技試験があって、まっすぐ走って、カーブが曲がれれば合格である。 自宅から試験場までバイクで来ているくらいなので、実技も合格して当然である。

 こんな調子で村の出来事や娘達のこと、トカゲや蛇、虫などの取り方と食べ方などが克明に書かれていてたまらない。
タイに興味があって、まだ読んでいなければ、ぜひ買い求めて読まれるといい。

 こんな事を思い出しながら車窓を見ると、道路沿いにはパインナップルや西瓜の直売所が目だってきた。 日本で見るそれより、一回り、いや二回りほど小さいのだが、パインなどは蜜がこぼれるほど甘いし、西瓜も完熟でとても美味い。 この直売所が200メートル間隔ほどで並んでいるが店番の女性はたいがいお昼寝だ。
 
 と思うかもなく「検問」だ。バスの乗客はみんな不安げな表情にかわる。どうも権力が正当に行使されるとは思っていないのだ。(気分によって意地悪をされる)
今日の検問は7人の警察官で荷物の中からIDまで綿密に調べている。外国人の不法就労、麻薬の所持などに重点が置をおいて検問をしている。

 検問などにはもう慣れっこになってしまった。警察官が3人でも5人でも同じ事、悪いことで詮議されるようなことはしていないので、パスポートも出せと云われるまでは出さない。

 顔を見ると黙って頷いて、次の人に移っていく。でもバンコクから出るときはやはりパスポートを持参しなければならないと思う。 

 

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