ノーンカイ

夕暮れのディナークルーズは素晴らしい

 夕暮れのメコン河、西の空の太陽が間もなく沈みそうな風景に誘われて、赤い灯火をたくさんさげて出航した。 

 岸の近くでは子ども達が群れ泳ぎ、男は魚を釣り、女性は水浴びしている。まことにのどかである。涼しい川風に吹かれてビールがうまい。船は静かなタイ音楽を流しながら、メコン河の中央線を越えてラオス側を下っている。

 すぐそこでラオスの子ども達が貝を掘っていて、声をかけると手を振り返してくれる。1時間も経ったであろうか、船が反転して上流に向かったとき、太陽があたりを赤く染めながらラオスの彼方へ沈んでいった。何と美しいのだろう。

 地元の人がノーンカイの夕日は世界の3大夕日だと胸を張るが、その気持ちはよく分かる。マニラ湾でもマラッカ海峡でもその素晴らしさに圧倒され、利尻富士の夕焼けには涙するという。それぞれの場所で美しい自然を愛でることは人間の特権であろう。

 メコン河をはさんで左側のタイと、右側の東南アジア最貧国であるラオスの家々の明かりが同じように輝いている。その両国をつなぐ友好橋のイルミネーションも、はるか上流に美しく見える。

 それにしても気持ちの良い最高の夕食となった。またノーンカイを訪れることがあれば、再度ルアンペーハイソークのディナークルーズを楽しみたいものだ。なおこのクルーズは約2時間で、乗船料、食事、飲み物共で日本円で1000円を超すことはないだろう。

ノーンカイは落ち着いた村で心が安らぐ、アメリカのある雑誌の、引退後に住みたい場所の人気投票で7位にランクされたこともあったらしい。欧米人向けのレストランも増えつつあるらしく、私の好みから遠ざかりつつあるようだ。

 しかしノーンカイに人気が集まるのは、ライスの首都ビエンチャンに簡単に行くことがあげられるかも知れない。直行バスがありわずかな手続きで、22㎞離れたビエンチャンに行けてしまうのも魅力か。

 

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小心者が悩むディナークルーズ

 夕暮れが近くなったので、夕食をかねて散歩に出た。ホテルから10分ほど歩くと ワットハイソーク(寺) が有って、青年僧が境内の大きな木から落ちた木に実を集めていた。

 こんにちは、この実は何ですか? と声をかけると、長々しい名前を云ってくれたがさっぱり理解できない。  聞かなきゃよかった。と思ったが後の祭りだ。

 彼が何を思ったか、 「ユージャパン トーキョー ナリター オサカー」 ようするに空港所在地を並べてみせた。 立場を変えると、私もタイ人に対して、彼らが理解できないようなタイ語?で話して、自己満足しているのだろう。 会話が成立しないのは当りまえだ。

 彼にタイ料理の店は何処にありますか。と聞くと、彼は笑いながら境内の端まで連れていってくれた。
そこにはメコン河に降りる粗末な木製の階段があった。こんな階段があるとは地元の人でなければ探し当てるのは難しい。 

 壊れかけた木製の階段の下には、粗末なレストランと、その横には大きな遊覧船が繋留されていて、食事をしながらメコン河をクルーズするようになっている。

 困ったなあ。 タイ人が食事をする時は大勢で賑やかに騒ぎながら食べるのが当たり前の習慣、ましてディナークルーズともなれば一人でなんて考えられない。 

 そのような場で私は一人で食事をする事が出来るだろうか。友達もいない 淋しくてかわいそうな人だからこそ、挑戦する値打ちがあるはずだ。

 ひとりで田舎を歩き、食事をとるときは、屋台か小さな食堂が最適なのだが……といつまでも思ってないで乗船しよう。と船を見上げてみると、デッキのテーブルには、家族連れや白人の小さなグループ、タイ人の恋人同士、年が不相応で国の異なるアベックなどが出航を待っている。

 えーいやるか。 気合いをかけて、レストランのおばさんに、話しかけるが要領を得ない。ここで私は おもむろに 「一人でも食事が楽しめますか」 と書いたメモをおばさんに示した。 
 このメモは、京都教育大学に留学していたユンさんが、一人旅で困ったときに使えるかも知れませんね。とタイ語で書いてくれたメモなのだ。

 おばさんは笑いながら、船上に案内してくれた。  次の難関は食事の注文だ。
隣で食事を始めている恋人同士が、食べているソーセージの盛り合わせが美味しそうに見える。

 注文は ビール、トムヤムクン、焼きめし、と あれ(指さしたのは)隣の席で恋人達が食べていたソーセージの盛り合わせ、 隣席の二人は笑って見ていた。

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大河メコンがそこにある

 昨夜に引き続き、飛び込みのホテル探しも 「タイ・ラオスリバーサイドホテル」に決めた。しかし、このホテルはかなり古く清潔感に欠ける。部屋に入り窓のカーテン開いて これは!   目の前に現れたのはチベット高原を源流とし、東シナ海へ注ぐ 大河メコンの激流だ。

 滔々と流れる 雄大なパノラマが、ホテルのすぐそこに見えるではないか。 目を奪われるような景観に魅了され、しばらくは眺めつくしていた。齢を重ねるごとに感激することが少なくなって、感性劣化を気にしていたのだが、まだまだ感激する心が残っていた。

 立派なホテルではなかったが、自然の景観がそれを補って余りある事に満足して、小さな最北の町を眺めようと外出した。しかしいくら小さな町とはいえ歩くにはしんどい。これはもうトゥクトゥクしかない。

 ノーンカーイのトゥクトゥクは可愛いのだ。エンジンも弱く痛々しく見える物ばかりだ。そんな中の1台が寄ってきたのでイミグレーションに寄って、ワットケークに行き、その後リバーサイドホテルまでだ。幾ら(タオライ)で行くと聞くと、運転手はいつもの通りワンハンドレットバーツ(300円)と答えた。

 距離はまずまずだが、時間はかなりかかるので、この値段なら儲け物と乗ることにした。今ならタイ・ラオス友好橋が上流にできて、イミグレもそちらへ移ってしまったが、当時は町の中心近くにあって、付近には土産物、ライスの雑貨、民芸品、食堂などがかなりの数立ち並んでいたものだ。

Photo

 私が最初にこの町を訪れたとき、ここの食堂でコーヒーを飲んでいたら、広いメコン河の下流域一帯の雲が黒くなり、川面を広く叩きながら驟雨が迫ってきた光景が、非常に印象的であった。

 それ以降ノーンカーイの町は私の好きな町の一つに加えられた。

 そんな昔を思い起こしながら軽食をとった後、待たせていたトゥクトゥクで、ワットケークへむかった。

 この寺は緑豊かな敷地にインドの神話さながらに、さまざまな奇怪な仏像が並ぶ不思議な寺である。

 トゥクトゥクに乗っていって見ると、町からかなり離れた山の中にあって、一般の交通機関はない。

 トゥクトゥクの言い値を値切らずホテルまでのチャーターにしたのが正解であった。

 写真のような奇怪で理解が出来ないような像が、数十体林立しているが、ここを何回も訪れたいとは思わない。

 

 

 

 
 

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ノーンカイへのバス

 今日は東北タイの北の果てに向かって、早暁のバスでノーンカイを目指すことにした。ノーンカイは、ラオスの首都ビエンチャンとメコン河はさんで向き合う位置にある町である。
午前5時、まだ暗いバスターミナルから、ノーンカイへ向かうバスに乗った。
 
 650㎞も南東にあるリゾート地、ラヨーンを夕方出発して12時間かけてコンケーンまでたどり着いたバスである。そしてここから更に北上してノーンカイを目ざすのだ。

 リゾート地から北へ向かうバスなので、車内はほとんどが白人客でいぎたなく爆睡中であった。私も車掌から毛布を受け取ると、時を置かず夢の中にはいった。 騒がしい物音で目覚めると、ウドーンターニーのターミナルに到着したところだった。

 ここでは白人客が30人ほど下車して、入れ替わって色浅黒いラオス系の人々が乗車してきた。早朝の車窓から流れゆく風景を見ていると、バスが突然停車して、警官による検問が始まった。

 今日の検問は偉そうに乗客に向かって長々と演説をしている。 が 私には中身はさっぱり理解出来ない。そのあと全員のIDをチェックし3人の乗客が 「不審のカドあり」 で
検問事務所へ連行された。

 私のところでは、赤いパスポートの表紙を見るなり、イプン(日本)と一言、チェックもしないで敬礼して終わりであった。 僻地では日本の国の信用は、まだ残っているようだ。

 午前8時過ぎに、終点のノーンカイのバスターミナルに到着した。群がるトゥクトゥクの運転手を避けながら、すぐ横にあるポーチャイ市場へむかう。
 熱気溢れるポーチャイ市場は野外市場であるが、たくさんの食材が所狭しと並び面白い。隅から隅まで物珍しく眺めていると、急に空腹であることを思い出した。

 餅米の焼きおにぎりを中心に草餅、トウモロコシ、ガイヤーンなどを買って、隣接するワットポーチャイ(寺)へ、朝のお参りへ行った。

 家内安全を祈り、賽銭もしっかりあげたが、異国の仏が日本の我が家のご利益にまで手をさしのべてくれるかどうか心もとない。

 境内の片隅を拝借して、朝食を食べ始めると、お腹の大きな猫が身体をすり寄せて
一緒に食事がしたいと云ってきた。
 私は鶏があまり好きでなはないので、これ幸いと焼き鳥の一部をお裾分けしてやった。

 これを見ていた鶏が、産まれたばかりの雛を8羽もつれてやってきた。まさに共食いである。これだけ集まると、ひとり旅の朝食も賑やかである。
 
 

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