ウボンラチャタニー

ピーの話しに尾ひれは続く

 バンコクに帰って、夕方からスリウォンにある、古式マッサージに行った。この店はモンテインホテルの客が多いせいか、日本語が少しは出来るおばちゃんマッサージ師が多い。
 私はうっかりおばちゃんに、ウボンでの出来事を話してしまった。 すると、おばちゃんは即座にそれは 「ピー」 ( 霊 )だと断定した。  何たることか、おばちゃんの話を聞きつけて、新たに4人のオバサンが嬉しそうな顔で話しに加わった。タイではよく「ピー」が現れるといいながら、興味津々で目が輝いている。

 死んだ若い女が天国へあがれずホテルの8階の高さでさまよっていて、あなたの部屋に現れたのだ。今 「霊」 は 、あなたに取り憑いて助けを求めているのだ、と真剣に主張する。 オイオイそんなことはあるはずがない。 と云うのだが、私の意見などにはまったく聞く耳を持たない。 

 明日はお寺でどうしてもお祓いを受け霊を慰めねば、と勇み立っている。それにしても、タイの女性は ピー 「霊」 の話が本当に好きらしい。                      私は寺になんか行かないと云うのだが、どこのお寺にしようという相談ばかりである。

 ついに屈服した私は、翌日おばちゃん2人と連れだってラーマ四世通りのお寺へお祓いに行った。
寺の近くでバケツいっぱいのお供え(食べ物ばかり)を買って、本堂にはいると、さまざまな悩みや願い事を聞いてくれる僧侶が座っていた。 その前に正座をして事情を説明するのだが、私がそんな説明をタイ語をはなせるわけはない。

 すると私に代わって、彼女達が見てきたように、滔々と僧侶に訴えている。 どうも話は何倍にも誇張されて、話しているようだ。彼女たちは勝手に興奮していく。  当事者である私は、全く蚊帳の外で唖然として見ているだけであった。

 僧侶が私に直接聞いたのは、女の顔は? 手のひらは上を向いていたかそれとも下か?  何かあなたに云ったか?  そのあと、僧侶は厳かに断定した。 「ピー」 だ。
ついに私も日頃の行いが良いので、若い女性に憑いていただいたのか。

 だが祓わなくてはいけない。 ピーには持参した供物を与えて、心を残さず天国に旅立たせるために、お経をあげなさい。 と僧侶について読経をするよう求められた。

 お経など日本語でもあげられないのに、タイ語でなんか出来るはずがない。 そこで僧侶に続いて少しずつ区切りながら読経をすることになった。

 読経が終わるとお祓いの水をかけられて、めでたくピーは私の身体から離れて、天国へ旅立っていったのである。

 この投稿は、信憑性に疑義を持たれる方が多い。日本の人からは有りもしない疑惑を持たれたり、笑われたりと五月蠅いことであったが、タイの留学生達はそれが霊であると口を揃え、霊の存在を真剣に肯定していた。

 例年以上に暑い日本でも、ご先祖をお祀りするお盆やってきました。故郷に帰って心穏やかに過ごしたいものです。 つたないブログの投稿もしばらく休みます。

| | コメント (0)

今まで長く生きてきましたが これは

 別棟の1階にあるイサーンディスコの、音楽や若者の歌い騒ぐ声が、8階の私の部屋にまで聞こえてくる。 テレビのNHKの受信状況が悪いのか見づらいので寝ることにした。
ドアのチェーンはした。不要な照明はけした。ベランダの施錠もした。 よし寝る!

 午前2時過ぎ、ノックの音で目が覚めた。こんな深夜に誰だ。 若いのが酔ってイタズラをしているに相違ない。  もう一度ベッドに入ってウトウトしているとまたノックの音がする。 イタズラにしても、こんな時間に悪質だ。 丑満時ではないか。

 そうか従業員かも知れないと、ドアの小さなミラーを覗いたが、人影は見られない。 チェーンをはずしてみたが、長い廊下に誰もいないし物音もしない。
不審に思いつつベッドに戻ってしばらく、またもノックだ。 もう完全に目も覚め頭もさえた。

 耳を澄ますと、どうもノックは廊下ではなく、ベランダのほうから聞こえるような気がする。  
そんなことあるはずがない? ここは8階のベランダだぞ。

 気味は悪いが、窓に近寄ってカーテンを開いてみた。 いた!  20歳くらいの女性がノックを続けながら、ガラス戸を開けて欲しいと云っている。
一瞬迷いを覚えたが、女性なら大丈夫か。 私は思いきって施錠をはずし、ガラス戸を開けた。

 白い靴、白いワンピース姿の女性が、小さな声で コト−コトー (すみません すみません)と言いながらベッド脇を通って、廊下に向かったので私は思わずドアのチェーンをはずすと、蚊の泣くような声で、ありがとう。と言って静かに去っていった。

 やれやれ、こんな一幕があったが、その後 朝5時までぐっすりと眠る事が出来た。目覚めると昨夜の女性が気になり始めた。私は就寝前にベランダを開けてうるさい外を外を眺めてから寝たんだぞ。 それから施錠をしてベッドに入ったのだと鮮明に思い出した。

  朝食を済ませて、まずいコーヒーを飲みながら新聞に手を出すが、文字が読めるはずもなく部屋に向かった。
エレベータのなかで、思い出した。昨夜の女性は何だったのだろう。

 改めてベランダを開けて眺めてみたが、8階の下はコンクリートのプール,落ちれば即死だ。

隣の部屋のベランダまでは1,5メートルほども離れている。
 隣の部屋から脱出するためなら、命の危険を冒すことなく自室の鍵を自分で開けばいい。

 私がうるさい音楽はどこだろう、とベランダから眺めたあと、施錠をしたのが22時頃だったから、あの白い服装の女性は、いつから、どうして、ベランダにいたのだろう。

 私が目的で、部屋の入ったのなら、なぜ午前2時までも寒いベランダで待っていたのか。何とも気味の悪い謎は、私の乏しい頭の配線をどう繋ぎ合わせてみても判明しない。

 バンコクに帰って、夕方からスリウォンにある、古式マッサージに行った。
この店はモンテインホテルの客が多いせいか、日本語が少しは出来るおばちゃんマッサージ師が多い。

 私はうっかりおばちゃんに、ウボンでの出来事を話してしまった。 すると、おばちゃんは即座にそれは 「ピー」 ( 霊? )だと断定した。  何たることか、おばちゃんの話を聞きつけて、新たに4人のオバサンが嬉しそうな顔で加わった。
タイではよく「ピー」が現れるといいながら、興味津々で目が輝いている。

 死んだ若い女が天国へあがれずホテルの8階の高さで彷徨っていて、あなたの部屋に現れたのだ。 今 「霊」 は 、あなたに取り憑いて助けを求めているのだ、と真剣に主張する。 オイオイそんなことはあるはずがない。 と云うのだが、私の意見などにはまったく聞く耳を持たない。

 明日はお寺でどうしてもお祓いを受けねば、と勇み立っている。 私はいいから勝手に行って。それにしても、タイの女性は 「ピー」 (霊)の話が本当に好きらしい。

| | コメント (0)

紹介されたネバダグランドホテル

 ライトーンホテルのフロントから、電話で照会があり依頼を受けていたためか、ネバダグランドホテルでは、とても好意的な応対をしてくれた。
ボーイに案内されて部屋に入って驚いた。とにかく部屋は広いし、重厚な家具は高級感を誇っている。

 更に驚いたのはバスルーム。 広すぎてトイレなどは隅っこにポツンと置き忘れているようだ。トイレと浴槽までの間には、卓球台を置いてもよさそうなほどの広さなのだ。 しかし良いことばかりではないぞ。水道の水にやや濁りが見られること、ホテル周辺に気軽な夕食を摂るところがないこと。である。

 そこで、近くのバス停から市内バスに乗り、市内の見学をかねて夕食に出かけることにした。このバスは京都のバスのように、後部から乗って前から降りる方式なのだが、運転席の横に回転する鉄棒が設置されていて、料金箱に料金を入れて、棒を押さねば降車できない仕組みなのでとまどった。

 このバスは道路を一直線に南下し、ムーン川にかかる橋を通過して国鉄のウボンラチャタニー駅に向かう路線だったので、橋の手前の停留所で下車をした。

 橋の袂には大きな市場があって、予想外の食材が売られていて、いつも楽しませてくれるのだが、この市場は夜間になるとかなり広い屋台街に変身するのだ。 

 夜になると煌々と電球が輝き、沢山の人々が三々五々に集まってきた。私も近くのコンビニで買ったビールを片手に、がたがたのテーブルにつき、あちこちの屋台から料理を運ばせて、存分に夕食を楽しんだ。

 タイのビールは、ビアシン、ビアチャンなど、かなりの種類があるが、いずれも日本のビールよりアルコール度が高い。 これはタイでは、ビールを入れたコップに氷を入れて飲む習慣がある為である。

 コンビニで冷やしたビールをコップに入れて飲み始めると、近くの屋台の人がわざわざ氷を入れてくれるので、ギンギンに冷えたビールを飲むことが出来る。 氷を使用するのでアルコール度は、それを見越して親切に高めにしてあるのだ。

 帰途はバスの回数も少なくなってきたので、トゥクトゥクの乗ることにした。 2月10日、今日の京都は立春を過ぎたとはいえまだ寒いことだろう。  涼しい風に吹かれて、気持ちよくホテルに帰った。

 夕食からホテルに帰って、広いバスルームでシャワーを浴びて汗を流した。 しかしトイレなどは大きな部屋の隅にポツンとあるので、落ち着かないことおびただしい。  大きければいいという物ではない。

| | コメント (2)

危機感を失ったおじさん達

 昨日の 運転手が来たので、パーモーイーデーンまで行ってくれと言うと怪訝な顔をしている。それもそのはず、昨日告げた行き先とは正反対のカンボジア国境なんだから。
 それでも、気のいい男は100キロほど西方へ走って、ついには山の上に登った。 ここがカンボジア国境である。

 さらに歩いて山道を少し行くと、道はとぎれて無い。 国境と呼ばれる断崖の頂に立っていたのである。 そう、ここはカオプラビハーン遺跡の隣の山だ。
600メートルの断崖の下には、遙か彼方まで広がるカンボジアの大平原が、密林が、自然のパノラマを展開して、私たちを感動の世界へと誘ってくれた。

Photo_4
 現在はカンボジアが、タイの大使館を焼き討ちした事件により、両国すべての国境ではこの紛争のあおりを受けて閉鎖中、普段は行き来できる両国の一般人も入国は出来ない状況となっていた。なので残念ながらカオプラビハーン遺跡もカンボジア領なので行くことは叶わない。

 実はこのバーモーイーデーンでも、緊張した国境警備隊の兵士が、山中の小道を6人単位で厳重なパトロールをしていた。 少し離れた鉄条網に囲まれた要塞の中には、たくさんの兵士が待機して、いつ起こってもおかしくない緊急事態に備えていた。

 パトロール隊の後を、日本のおじさん三人もついていくと、彼らは途中で休憩をとった。
つかの間の休憩に入った兵士に近づいて、写真を撮ってもいいかと尋ねてから、数枚の写真を撮ることができた。銃は持っているが根は優しいタイ人である。

 こんなことでいいのか。紛争中の国境でパトロール中の兵士ですぞ。 まったく危機感を覚えない平和ボケの日本人そのものの行為であった。 誠にお恥ずかしい。これからは十分注意をします。

 その夜のテレビは国境閉鎖で経済の行き詰まったカンボジア人が、物資を求めて密入国し、それを国境警備隊が追跡して取り押さえるシーンが放映されていた。 この現場がなんとバーモーイーデーンであった。 非常に厳しいところを訪れていたものである。

| | コメント (0)

魅力的な朝の市場

 朝の5時に三人そろってって、暗闇のムーン川に日の出を撮りにでかけた。歳が歳ですから早起きは何の苦にもならない。しばらくすると東の空が白みはじめ、カメラは三脚にセットされた。

 ムーン川を遡ってきた漁師船が、薄明かりの中で魚を揚げ始め、フラッシュも光りはじめる。そのあと漁師は河原で焚き火をして暖をとる。 川面に黄金色の輝きを与えながら、大きな太陽が顔を出し始めた。

Photo
 素晴らしい朝の風景に彼らカメラマンはシャッターを押し続けている。私は漁師と共に焚き火に手をかざし片言のタイ語をつぶやく、何と爽やかな朝であることか。
 
 河原から上がると昨夜の屋台街は跡形もなくなり、大きな朝市に変貌していた。食材を売る人買う人はタイの国籍を持つものの、ラオス人がかなり居るようだ。活気が充ち満ちている市場を見て歩くが、反対に変な日本人と観察されている度合いが多い。

Photo_3  
 彼らはさすがに写真展でいつも上位に入賞しているカメラマン、たくさんの人に声をかけて、個性豊かな写真を撮りまくっているようだ。

 こんな時に彼らが話す日本語は、相手にその意志が十分伝わるから不思議である。

 市場で軽い朝食をすませ、ホテルへ帰ってミーティングをした。

 ウボンラチャタニーはラオスにもカンボジアとも接している。

 昨日はラオスの国境を見たので、今日はカンボジアの国境だ。カンボジアの密林を高い崖から一望できるところへ行ってみようか。 運転手が驚くぞ。

| | コメント (6)

夕食は屋台だ

 ウボンラチャタニーのムーン川畔の広場に、毎日夕方からたくさんの屋台が集まって、夜は大勢の客で遅くまで賑わう。街によっては食べ物の屋台が出るのだが、殆ど持ち帰り専用で、粗末な椅子一つ無く美味しそうではあるが、指をくわえてすごすごと帰らねばならない事が多い。

 これはタイ人の多くが、夕食を外食に頼り自分で作ることをしないからだ。台所もない家すらある。夕食を作らないのは無精だからではない、専門に作る料理のほうが美味しいし、屋台は安いから自分で作るよりはるかに経済的にすむからだ。Photo_5 

 ウボンの屋台街は、広場には多くのテーブルと、何十軒もの屋台がならび、いろいろなタイ料理、飲み物などが食欲をそそる。

 目を転ずればムーン川の水がゆったりと流れ、川面には残照がゆれ、、空を見上げると日本では見たこともない星の群れたちが瞬きはじめている。

  ん、環境はよい。 会長Y氏とN君は食事の注文を、と言えば格好はよいが、食事をとっている人のテーブルを見て歩き、美味しそうなタイの料理を「アレ」と屋台に告げるだけである。 私は飲み物の屋台で、シンハービールを多めに買う大役である。

 タイのビールは日本より若干アルコール度が高い。これはタイ人にビールに氷を入れて飲む習慣があるからだ。やはり暑い国なので冷たくする気持ちはよく分かる。屋台から持ってきたビールの冷えが悪いと、屋台に向かって「おーいナムケンと叫べばよい。    ナームは(水)、ケンは(硬い)。つまり氷りである。      

 安くて美味い料理をたくさん食べて、飲んで、ウボンラチャタニーの夜は静かに更けていく。 こんな異国の屋台街で、三人の日本人がタイ人やラオス人に混じって、その時の流れの中にとけ込んでいるのだ。まったく幸せである。 旅はいいですなあ。

| | コメント (0)

早朝の市場と解けぬ謎

  ホテル前のバス停に人影はない。と言うことはまだバスが動いていないということだな。
ちょうど通りかかったトゥクトゥクを止めて 「ヤーパイ タラート」 (市場へ行きたい) と言うと、かなりのスピードで走り始めた。

 乾季の東北部では朝の気温は低く肌寒いが、払暁間もないムーン川からは朝霧が立ちこめて、非常に幻想的で情緒がある。
市場は川岸に沿って並び、大勢の人が地をはうかのごとく座って、それぞれの定位置で食材を並べていた。

 こんなに沢山の種類があるのか、と思うほどの野菜、魚類は川沿いの町だけあって、川魚が主体だが、名も知らぬ魚、川海老、ナマズ、蛙、ウナギ、亀などきりがない。

 完全に夜が明けてよく見ると、市場で売り買いしている女性の顔はカンボジア人、ラオス人の顔ばかりのようである。まあウボンはラオスともカンボジアとも国境を接しているのだから当然と言えば当然であろう。
 これらの人はラオ系、カメール系と呼ばれる、歴としたタイ国籍の人なので問題はない。

 今日も市場の外れに豆乳屋が出ていた。顔を見るなり「おはよう」と 日本語を多少操る中国系のタイ人オヤジである。 このオヤジの豆乳がうまいのだ。 熱い豆乳の中にココナッツミルクとコーン、さらに柔らかい裸麦などを入れて、わずか5バーツ(15円)だ。 身体も暖まりとても美味しい。

 ホテルに帰って遅い朝食を済ませて、まずいコーヒーを飲みながら新聞に手を出す が、文字が読めるはずもなく部屋に向かった。
エレベータのなかで、思い出した。昨夜の女性は何だったのだろう。

 改めてベランダを開けて眺めてみたが、8階の下はコンクリートのプール落ちれば即死だ。隣の部屋のベランダまでは1,5メートルほども離れている。
 隣の部屋から脱出するためなら、命の危険を冒すことなく自室の鍵を自分で開けばいい。

 私がうるさい音楽はどこだろう、とベランダから眺めたあと、施錠をしたのが22時頃だったから、
あの白い服装の女性は、いつから、どうして、ベランダにいたのだろう。
私が目的で、部屋の入ったのなら、なぜ午前2時までも寒いベランダで待っていたのか。

 何とも気味の悪い謎は、私の乏しい頭の配線をどう繋ぎ合わせてみても判明しない。

|

今まで長く生きてきましたが これは何だ

  夕食からホテルに帰って、広いバスルームでシャワーを浴びて汗を流した。 しかしトイレなどは大きな部屋の隅にポツンとあるので、落ち着かないことおびただしい。  大きければいいという物ではない。

 別棟の1階にあるイサーンディスコの、音楽や若者の歌い騒ぐ声が、8階の私の部屋にまで聞こえてくる。 テレビのNHKの受信状況が悪いのか見づらいので寝ることにした。
ドアのチェーンはした。不要な照明はけした。ベランダの施錠もした。 よし寝る!

 午前2時過ぎ、ノックの音で目が覚めた。こんな深夜に誰だ。 若いのが酔ってイタズラをしているに相違ない。  もう一度ベッドに入ってウトウトしているとまたノックの音がする。 イタズラにしても、こんな時間に悪質だ。 丑満時ではないか。

 そうか従業員かも知れないと、ドアの小さなミラーを覗いたが、人影は見られない。 チェーンをはずしてみたが、長い廊下に誰もいないし物音もしない。
不審に思いつつベッドに戻ってしばらく、またもノックだ。 もう完全に目も覚め頭もさえた。

 耳を澄ますと、どうもノックは廊下ではなく、ベランダのほうから聞こえるような気がする。  
そんなことあるはずがない? ここは8階のベランダだぞ。

 気味は悪いが、窓に近寄ってカーテンを開いてみた。 いた!  20歳くらいの女性がノックを続けながら、ガラス戸を開けて欲しいと云っている。
一瞬迷いを覚えたが、女性なら大丈夫か。 私は思いきって施錠をはずし、ガラス戸を開けた。

 白い靴、白いワンピース姿の女性が、小さな声で コト−コトー (すみません すみません)と言いながらベッド脇を通って、廊下に向かったので私は思わずドアのチェーンをはずすと、蚊の泣くような声で、ありがとう。と言って静かに去っていった。

 やれやれ、こんな一幕があったが、その後 朝5時までぐっすりと眠る事が出来た。

|

ホテルに紹介されたホテルは

  ライトーンホテルのフロントから、電話で照会があり依頼を受けていたためか、ネバダグランドホテルでは、とても好意的な応対をしてくれた。
ボーイに案内されて部屋に入って驚いた。とにかく部屋は広いし、重厚な家具は高級感を誇っている。

 更に驚いたのはバスルーム。 広すぎてトイレなどは隅っこにポツンと置き忘れているようだ。
トイレと浴槽までの間には、卓球台を置いてもよさそうなほどの広さなのだ。

 しかし良いことばかりではないぞ。最初だけだったが水道の水にやや濁りが見られること、ホテル周辺に気軽な夕食を摂るところがないこと。である。

 そこで、近くのバス停から市内バスに乗り、市内の見学をかねて夕食に出かけることにした。
このバスは京都のバスのように、後部から乗って前から降りる方式なのだが、運転席の横に回転する鉄棒が設置されていて、料金箱に料金を入れて、棒を押さねば降車できない仕組みなのでとまどった。

 このバスは道路を一直線に南下し、ムーン川にかかる橋を通過して国鉄のウボンラチャタニー駅に向かう路線だったので、橋の手前の停留所で下車をした。

 橋の袂には大きな市場があって、予想外の食材が売られていて、いつも楽しませてくれるのだが、この市場は夜間になるとかなり広い屋台街に変身するのだ。 私が訪れた時間はちょうど市場から屋台街に模様替えする時間帯だったので、やむなく近くの国立博物館に寄ることにした。

 夜になると煌々と電球が輝き、沢山の人々が三々五々に集まってきた。私も近くのセブンイレブンで買ったビールを片手に、がたがたのテーブルにつき、あちこちの屋台から料理を運ばせて、存分に夕食を楽しむことが出来た。

 タイのビールは、ビアシン、ビアチャンなど、かなりの種類があるが、いずれも日本のビールよりアルコール度が高い。 これはタイでは、ビールを入れたコップに氷を入れて飲む習慣がある為である。

 コンビニで冷やしたビールをコップに入れて飲み始めると、近くの屋台の人がわざわざ氷を入れてくれるので、ギンギンに冷えたビールを飲むことが出来る。 氷を使用するのでアルコール度は、それを見越して親切に高めにしてあるのだ。

 帰途はバスの回数も少なくなってきたので、トゥクトゥクの乗ることにした。 2月10日、今日の京都は立春を過ぎたとはいえまだ寒いことだろう。  涼しい風に吹かれて、気持ちよくホテルに帰った。


|

ボンラチャタニーのホテル探しは

  バスに乗車して2時間は経ったろうか、今日もさっそく検問である.
乗り込できた警官は3名で、手際よくそれぞれ客のIIDを確認していく。私の所ではニコッと頷いただけで通過した。 パスポートを見なくても私のように善良なツーリストは、一目で見分ける事が出来る貴方は良い警察官だ。 

 バスは予測した時間にほぼ近い午前10時35分に到着した。  この都市がタイで人口第三位の、ウボンラチャタニー(通称ウボン)である。

 人口第二位のナコンラチャシマ(通称コラート)に次ぐ大都市なのでさぞかし賑やかなことと思っていたが、質素な田舎の町の様相を呈していた。(ちなみにチェンマイの人口は第四位)


 ただウボンが他の都市と違ったのは、空港が市の中心近くにあり、歩いて行ける距離にあることと、独自のバスを運行していたことである。このバスは中型ではあるが本物のバスであった。
他の都市ならば、小型のトラックの荷台を改装して、これがバスだ。 と言っているのに本物だった。

 イサーンの旅の最後の夜なので、ウボン随一の高級ホテルであるライトーンホテルをめざした。
これまでは、市場やムーン川に近い私にとって手頃なホテルばかりに泊まっていたが、ウボン随一の高級ホテルかあ。

 身の程もわきまえず訪れたライトーンでは、私の姿が見えるとすぐ、ボーイの敬礼に迎えられて、フロントへ誘われた。
 つたないタイ語で部屋はありますか。と尋ねると、気の毒そうな顔で今日は満室です。 これだ。

 高級ホテルにしようなどと、生意気な考えを起こすからこうなるのだ。
そこで困ったときの隠し球、日本のタイ語教室でタイ人に書いて貰ったメモ 「良いホテルがあったら紹介してください」。を出すと、フロントの女性は即座に市内地図をだして印を付た。そして印の横にホテル名を書いて手渡してくれた。

 紹介されたホテルは NEVADA GRAND HOTEL と書いてあったので、念のためタイ語でも書いてもらった。(トゥクトゥクの運転手に見せるため)  しかし、この心配も杞憂の終わった。

 気の毒に思ったフロントの女性は、従業員を呼んでネバダグランドまで送るように指示をしてくれた。 ここで私は大きな送迎用バスの無賃客となった。 さすがは高級ホテルである。


 

|