ナコンパノム

後悔先に立たず 私の英語は?

 早暁のメコンを写真に納めようとN君と会長Y氏にモーニングコールを入れると、会長は寝る との返事、ご老体はゆっくりしていただき、N君とメコン河畔へでかけた。

 今日の太陽は機嫌が悪く、ラオスの山並みは明るくなってくるものの、雲に隠されている。会長が正解だな。 写真は諦めてジョギングしたり、太極拳をしている人をぼーっと眺めていると、オバサンが話しかけてきた。

 どこの国の人、何をしに来たの、いつまで居るの、などと聞いてくれるのだが、すんなりと理解ができない。その様子を察してオバサンは英語に切り替えてくれるのだが、よけい分からん。外人は誰でも英語を話すって誰が決めたの、私はタイ語も駄目だけど、英語よりまだ可能性が少しはあるのだが。

 こんな田舎のオバサンが英語を使うなんて、朝から自分の不甲斐なさ、惨めさに打ちひしがれる。こんな気持ちが襲いかかって落ち込んでしまったが、まあ愚痴は言うまい己が悪い。 それでも霧が晴れてメコン河がくっきり見え始め、ラオスの奇怪な山並みも顔を出した。
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 数年前の乾季に来たとき、渇水による遠浅の砂州に出てみへたら、小さな虫が無数に飛び跳ねていた。

 よく見るとそれは5ミリもない、蠅くらいの蛙が何万匹もはね回っていたのである。

蛙の子供はオタマジャクシなのにどうしたのだろう。


                         

 今回も遭遇できないかと密かに期待をしていたのだが、まだ水量が多くて見ることが出来なかった。こんな事を考えながら水際まで行ってみると、老いた夫婦が貝をたくさん掘っていた。
これは絵になるし、いい風景だ。かなり大きい貝はこれから市場に持って行って売るのだという。
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 イミグレーションまで足を延ばしてみると、早朝の連絡船の客が集まっていたが驚きましたねえ。そのラオス行きの客の中に仏像が売られていくため、一緒に待っていた。

 売られていくこんな様子を見ると、有り難みも失せてしまい、可哀想だった。

  賑やかな朝市も見学して、まずい朝食も済ませて、さて今日はどうしよう。飛行機でバンコクへ帰るつもりだったので、どこへも行く計画はたてていない。 どこかでもう一泊するか。ということで、バスで5時間ほどかかるが、飛行機の便が多いウドーンタニまで足を伸ばすことにした。

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ナコンパノムの街では

  広大な面積を占める東北タイをイサーンと云う、今回訪れている町はすべてイサーンであって、タイの中では最も貧しい地方と云われている。表には出ないが潜在的に蔑視されているラオス系の人たちが数多く定着していている。

 イサーンは耕作には向かない塩害地なので、形ばかりの農業はしているが、現金収入は望めない。 したがってバンコクへ出稼ぎに出て、男性は建設現場かタクシーの運転手、女性はマッサージやホステスを生業にしている人が多い。

 そんな人たちが、子供達をお爺さん、お婆さんに託し出稼ぎに出るのだが、辛いだろうが暗さは感じさせない。 タイの女性はアルコールを殆どたしなまないが、イサーンの女性はよく飲むし、モーラムという民族音楽を歌いながら踊ることが大好きである。

 ムクダハーンから、北へバスで3時間ほど行くと、ナコンパノムの町がある。ここまで来ればイサーンでも北東の端に位置し、観光客もまれにしか見ることはない。ただ一つ近代的と言い得るのは小さな空港があって、一日2便くらいはタイ航空が飛来する。

 今回の旅をしているコースは、メコン河流域を北上しているのだが、メコン河が長い年月肥沃な土を運んでくるせいか、他のイサーンの町や村より、比較的生活が恵まれている町である。

Photo_2   ムクダハーンとナコンパノムの間に、タートパノムと言う町があって、折悪しく今の時期は祭りが7日7晩通して行われている最中だった。

 この町の有名なワットプラパートパノムは変わったお寺で、メコン河を隔ててラオスを見渡している。つまりラオスのための寺院で、そのためラオスからの参拝客が数多く詰めかけている。

 その祭りのあおりを受けて、良質のホテルはどこも満室なので、ナコンパノムの中心にある「ナコンパノムホテル」という老舗のホテルに泊まることにした。

 ガイドブックが町一番の老舗ホテルと書けば格好はいいが、やはり老舗とは疲れ果てたボロホテルだった。 ガイドブックは無責任だから裏を読まないとこんな目に遭うのだ。

Photo_4  まず市場をのぞいてみたが、取り立てて珍しいものはなく、ムクダハーンからずっと一緒だったおばさんが、もう市場で働いていた。

食欲はあまりないが、果物だけは幾らでも食べられる。

 タイ航空のオフィスへ行って、明日のバンコク行きのチケットを聞いてみると満席だった。

 飛行機もホテルも予約をしないで、行き当たりばったり臨機応変で、旅は面白い。しかたなくバスでさらに3時間行ったサコンナコンという町からの飛行機を尋ねてみたが、ここからも満席だそうだ。 ま、慌てないでゆっくり考えましょう。

 食事を抜くと体力が極端に落ちるので、近くの食堂へ入った。すると調理場に日本語が話せるという女性がいて、店員が早速呼んで来た。なるほど話しは十分出来たが、その女性は2年間ほど日本で暮らしてタイへ帰国したところだった。

 話の中で女性いわく 「浦和市の××親分を知っていますか」 。これで彼女が日本でたどった生活が、どのようなものかが想像できた。やはり日本人としては、困りますねえ。

 今日もマッサージへ行くことにして、近くのマッサージ屋へ出かけた。この店は何の表示もなく、ただ粗末な薄暗い建物だけなので、外国人は誰もマッサージ屋とは気づかない。 
これも昔に来たとき、迷いに迷って探し出した財産である。 

 2時間を休み無く揉んでくれたおばさんの腕は、なかなか年季が入っていて疲れは十分癒された。このマッサージの料金は日本円でわずか2時間 450円、日本との格差に、またバンコクとの格差に驚くばかりであった。もうしわけないことです。

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