バンコク

トラベラーズホテル

 トラベラーズホテルは、交通至便で100室程度のホテルである。地下鉄が出来て名前を知られるようなったらしい。
 幸い空室があって宿泊をすることにしたのだが、日本人は全く見かけず、白人とタイ人だけがかなり利用していた。

 部屋に入ってみると、これまでのホテルと感じがぜんぜん違う。シンプルではあるが、壁と天井が白いのと照明がしっかりしてるので、部屋は非常に明るい。
明るすぎてホテルの重厚さは感じない。バスルームも明るく清潔で水回りは完璧であった。

 人間贅沢なもので明るく清潔過ぎると落ち着かない。宿泊料は一泊2,800円と経済的には、お得だと思うが、あまりにも清潔すぎて連泊はしたくない。
 タイ人の学生達が団体で宿泊していた。 まあそういうホテルなのだ。

 今回の旅での食事は、田舎のタイ料理ばかりだったので、気分を変えて日本に近い夕食をと、スクムミットのソイ33にある 「らーめん亭」 に入ってみた。らーめん亭と言うだけあってラーメンは非常に種類が多い。

 それだけではなく、野菜炒めから焼きそば、冷麺にどんぶり、餃子や天麩羅、はもちろん卵料理まで、日本語で書かれたメニューは40種類を超えて多彩だった。

 調理はすべてタイ人がやって、サービスしてくれる若い女性も全部タイ人、話す言葉は日本語である。 バンコクにはこの 「らめん亭」 が4店舗ほどあるようだ。

 味はと言えばここは日本か、と思うほどの美味しさ、きっと日本人が指導したチェーン店なのだろう。 なんか褒めまくったようだが、本当に美味しい。
 ただ難点は料理のボリュウムが多すぎる。私など、五目焼きそばとビール一本で夕食は十分であった。

  客は日本人が8割くらいで、後はタイ人とファラン(白人)だった。 この店のお値段は全品 350円から600円くらいまでと、少し高めだったが、料理一品の量が多いので最高でも2品しか食べられないだろう。

 暖簾をくぐれば、若い女性が イラッシャーマセ と迎えてくれ、支払って出るときには、コップンマーカー (ほんとうに有り難うございました) と送り出してくれるだろう。 ぜひ一度は訪れていただきたいものである。

 なお、トラベラーズホテルは、追加料金を少し出せば朝食を用意してくれるが、これはどう贔屓目に見てもまずい。すこし電車に乗れば美味しい朝食にいくらでもありつける。

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一度は行きたいパッポン通り

 BTSのサラデーン駅を降りると、夜は別世界である。バンコク有数の歓楽街でもあるし、お土産を求める夜店も氾濫していて、時間を忘れるほどである。
 
 さて近くにある、パッポン通りには世界中から集まった観光客が、あたりが暗くなると、どこからともなく集まってきて、歩くのもままならぬ人で埋め尽くされ、毎夜遅くまでで賑わう。
 ここには、時計、工芸品、ブランドの袋物、仏像、衣類などと、おみやげ物的な夜店が所狭しと並んでいる。

 中には 「ローレックスの偽物安いよ」 などと、とんでもない事を日本語で叫んでいる店もある。と、思えば「社長マッサージはどうだ」といけない方のマッサージを薦めていたりもする。こんな店が集まっているから、どこまで値切れるかがまた面白い。

 私なんか、ローレックスの時計1000バーツに釣られて、立ち止まると「このローレックスを買うと安いよ」。と浴びせられる。そこでこわごわ覗いて見るとなんと動いているではないか。 よく見ると時計本体もベルトも、高級品仕様で見ただけでは偽物とはわからない。それが動くとなると、玩具としてはおもしろい。

 これは1000バーツ(3000円)から、どれだけ下げてくれる? しばらく考えて700バーツだ。  高い要らないと言って去ろうとすると、社長待て待てと呼び止めて、それではいくらなら買うか?と電卓を渡すので、私は電卓に半値の350を押して兄ちゃんに渡した。

 すると兄ちゃんはニヤリと笑って、紳士用ローレックスの時計を包装してしまった。こんなことなら250バーツほどに値切っていたらよかった。 後の祭りとはこのことである。

 このローレックスの時計は、京都に帰って見ていると、1日に30分ほど進んで頑張っていたが、2週間で力尽きて停まってしまった。 まあ部屋の飾りにはなるだろう。

 こんな夜店の両側では大音響を発している店がかなりあって、通りから店の中が丸見えになっていた。中央の踊り台では若い踊り子が、ほとんど裸で10人ほど踊っている。

  通りからは丸見えだが、その前で口を開けて年若い日本の健男児が、5人ほどコーラを飲みながら固唾をのんで見つめていた。
 その後はご想像の通り、気に入った女性をホテルにお持ち帰りされるらしい。 このシステムはタイ国公認なので、悪いことではないが……

 動き回ったので空腹を覚えた。今夜は日頃食べない日本食をべよう。 一人なのでスリウォン通りの、Soi タンタワンを入ったすぐ左の小料理屋(名前は忘れた)に入った。この店はタイ人だけで営業している店だが、いつ来ても鯖煮定食が美味い。味の当たりはずれがないので時々利用している。

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タイで本場の舞を見た

 ホテルのロビーで何気なく読売新聞の衛星版を見ていると、偶然アジア特集の記事に目がとまった。  そこには国立劇場で、タイ国立演劇舞踊学校、チュラロンコン大学舞踊学科(博士課程)、日本アジア芸術協会共催のタイ舞踊「虹の舞」が開かれる記事である。

 大変だ! 是非とも見たい。開催日を見ると今晩だ、さっそくホテルを飛び出して国立劇場へ向かった。

 チャオプラヤ河のボートを使えば、とも思ったが、乗り換えなしに行けるバスが近くを走っているので、そのバスに飛び乗った。
 これが間違いのはじまりだった。、見事に夕方のラッシュの巻き込まれバスは微動だにしない。 世界でも名高い渋滞の始まりである。

 なんと予想も出来ぬ2時間30分かかって、王宮前広場までたどり着いたのだが、開演直前である。あれだけ時間に余裕を持って出たはずなのに。観客のほとんどは入場をすませて、チケット売り場には空席待ちの人たちが並んでいる。

  あかん。 せっかく半日をつぶして出てきたのにどうしよう。 気の弱いいつもの私なら、すごすごとホテルへ帰るところなのだが、今日は強気だぞ!

 入場口の係員に「私は日本人だ、日本のスタッフに用事があるので会いたい」と云ってみたがノーと答えて取りつがない。押し問答をしているとき、胸に「日本アジア芸術協会」と名札をつけた、偉そうな紳士が通りかかったので呼び止めた。

  嘘も方便といいますが、かまってはいられない。 「今日の公演を楽しみに、わざわざ来たのですが、渋滞に捕まって入場できそうもない。何とか鑑賞出来ませんか」というと、彼は分かりましたお待ちくださいといって、チケット売り場の裏から600バーツもする座席指定の入場券を持ってきてくれた。

 遠方からご苦労様でした、入場券は差し上げます。 偉い人なんだなあ。国立劇場へ入場して、案内の係員に誘導された席は、劇場中央のやや前方で、周りには正装の服装に身を包んだタイ人達が悠然と座っていた。半袖で出てきたのはまずかったか、と一瞬は悔いたがどうにもならない。

 座席について間もなく、司会者が真面目そうな顔でナントカカントカと話すと、一斉に劇場内の人たち全員が立ち上がった。
 拍手のなかを、お供を従えた女性が入ってきて、全員起立の中でタイの国歌が演奏された。

 私は誰が入ってきたのか全然分からなかったが、後で聞いてみると、その方はチュラポン王女であったそうだ。

 公演は中部タイ舞踊、南タイの踊り、北タイ舞踊、東北タイ舞踊の順で3時間にわたって繰り広げられた。 市内のレストランやお寺などで見る舞踊とは、質も迫力も格段の違いで凄い。
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 綺麗な女性達が、美しく鮮やかに舞う姿は目を見張るばかりであった。

 雰囲気も素晴らしいし、鑑賞していて気持ちが安らぐいい公演を見せていただいた。

 一般にタイ舞踊と、ひとくくりで云っていたが、地方によって踊りのスタイルも衣装もまったく異なることがよくわかった。

  私が、これまでよく見るタイ舞踊は、チェンライを中心とする北タイ舞踊だったのだ。

 公演最後は、はるばる日本から来た舞踊団が、日本的な踊りを披露して大喝采をうけていた。

 偶然とはいえ、これだけ中味の濃いタイ舞踊が鑑賞できて心から感動した。、こんな豊かな気持ちで帰途につけるのは望外の幸せであった。

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こんなに好きなタイなのに

 私などが憂いても、ごまめの歯ぎしりにもならないが、非常事態宣言が出されているバンコクで起きた、反政府デモ隊と治安部隊の衝突によって、死者23名と負傷者800人をだして、これで収束するかと思えばなかなかそうはいかないようだ。

 一昨日はBTS高架電車の軌道にタイヤを積み上げて、バンコクの動脈である電車を停めたかと思えば、今日はまたドムアン空港近くで銃撃戦が起こり、死傷者が数十人も出てしまった。

 また噂の域を出ないが、治安部隊に拘束された反政府組織の500名以上が、今もって行方不明になっているそうだ。

 私などは、いつものことだから、タイの特定の場所で揉めているだけ。すぐに解決するだろうと楽観していたところ、どうやら紛争は長期にわたり内乱の様相に発展してきた。

 タイは前回の空港占拠事件によって、国際的に忌避されて、観光産業が大打撃を受けたはずだが、今度はそれを上回る規模にまで紛争が拡大して、その根は相当深いように見える。

 それだけではなくタイは南部でも大きな問題を抱えている。イスラムの多い南部三県 (パッタニ、ヤラー、ナラティワート)による、タイからの分離独立紛争だ。

 この3県は昔はイスラム国家「パタニ王国」だった時代があったが、その国へ戻そうとするイスラム武装勢力と治安当局の対立によって、この6年間に4,000人を超える犠牲者が出ているのだ。 この死者の中には学校の先生も少なくない。

 その原因は学校の授業にタイ語を使っているから、またタイの歴史を教えるからだという。 私がパッタニを訪れた頃は、大人達も学校で見る子ども達も、エキゾチックな感じは受けたものの、穏やかな南国の港町を彩る魅力的な存在だった。宗教や言語の違いによる紛争は悲しいものだ。

 偉そうに書いたが、タイスキおじさんとしても気が気ではない。6月に予定していた訪タイの計画も中止してしまった。                                       アメージングタイランドはどうした。みんなに愛された「微笑みの国」を一刻も早く取り戻していただきたい。

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市場の中には 見慣れぬものもある

  タイという国は大きな都市はもちろんのこと、どんな小さな山あいの村にも必ず市場があって朝早くから、売り手買い手の人たちで活気に溢れている。そして市場で働く人の大多数は女性である。
この市場がなければ一日が始まらない。

 だんだん歳を重ね目覚めが早くなって、もう市場が始まっているだろう。などと思うといても立ってもいられないから、ついついホテルから抜け出してしまう。

 時には大声を上げて宴会の続きをしているような馬鹿なヤツがいたり、昼は死んだように眠りこけている犬が、夜になると犬族の世界だと勘違いして、大群をなして吠えかけ威嚇する。そんな夜明けの街をひたすら煌々と照らされる市場の明かりを求めて、歩く私なのである。

 今日はどのような物に巡り会えるか、など胸を高鳴らしながら執念のように出かけるのは何故だろう。と我が身に問うても答えは返ってこない。 市場と言っても色々あるが早暁出かけるのは、殆どの場合食材の市場である。

 全く買う意志がなくとも行きたいのは、食い意地が張っているのか、こんな物を食べているのか、と探訪するのが目的なのかよく分からない。

 どこの市場にも売られている「カピ」と呼ばれるものは、小エビを塩漬けにして、発酵・熟成させたペースト状のもので、見ていると日本の味噌と同じにしか見えない。
このカピが樽の上にドカッと山盛りにして売られている。どうして食べるのだろう。

 ある時、カピ飯なる物を食べてみたらすごくうまかった。
カピ独特の臭いあの匂いは、火を通すことで突然変異のごとく美味しそうな香りと味に変身してしまうのだ。エビと塩だけを原料に作り上げた素晴らしい調味料であった。その後あちこちで、このカピ飯を注文してみるがなかなか出会えない。 

 特有の味と匂いを持つタイの醤油 「ナンプラー」 、これもタイの料理には絶対に欠かせない調味料だが、日本からの旅人には歓迎されない場合もある。

 ナンプラーは、小魚を塩漬けにして発酵させたもの(日本のクサヤや塩汁などと同じ魚醤)の上澄み液から作るもので、少しクセがある調味料である。この匂いに拒否反応を示すとタイ料理は食べられない。

 興味津々に歩いていると、台に置かれた豚の頭が、目を開いてにらんでいたり、鶏の鶏冠だけが売られていて驚くこともある。 魚屋では生きた大きなナマズを、綺麗な娘さんがナタで頭を叩切って、返り血を浴びながら、呼び声を張り上げている。日本で見られない光景があるから面白いのかも知れない。


 

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