アユタヤ

さて アユタヤの遺跡は

  バスが着いた瞬間から、トゥクトゥクがたくさん集まって付きまとい、こんなことは初めてなので
度肝をぬかれた。
 何とか振り切って、一番近くの遺跡ワットプラマハタートへ走り込み、遺跡を見学中の日本人の
ツアーに潜り込んだ。 一応避難のつもりで逃げ込んだだけなのだが、これは無賃乗車と同じで違法な行為である。

 観光できているのは、日本人と白人ばかりであったが、小学生の学習なのか、児童達が観光客に
国名を聞き、サインもらっていた。ここの人気は白人がダントツである。
 皮膚の色がタイ人と比較的似かよった日本人には、新鮮な魅力を感じないのだろう。

 池の畔を小学生の少女が10人ほど、ガールスカウトの服装に身を固め、旗を先頭に一列になって歩いていく。可愛くってほほえましい。
 その横を日本の若い女性が、象に乗って得意そうに追い抜いていく。  気持ちは分かるが、私はこの年まで乗ったことはないのだ。 上から偉そうに見下ろさないでいただきたい。

 遺跡を見入っていると、背広を着た一見紳士風の男が近づいてきて「これは日本のお金ですか」と
日本語で聞いてきたので、見てみると5,000円札であった。

 小さいお金と交換してください。と付きまとうので、日本のお金は今持っていないと突き放したが、
何の目的で近づいて来たのだろう。

 しかし、くそ暑いのに背広姿で流暢な日本語で話しかけるには、何か魂胆が無ければならない。
その魂胆は分からないが、臆病者の直感で「詐欺」と断定した。 今もってどのような詐欺であったのかは不明である。
 
 一人旅は気楽ではあるが、帰路が気になって落ち着かない。ましてバンコクの渋滞を考えると
気が気ではない。

 復路はバスターミナルではなく、道路の横から発車するので、迷うことなく乗車できた。
バンコクにはいると、予定通り渋滞に巻き込まれた。世界でも名高いバンコクの渋滞である。

 その渋滞で停車している車の間を縫って、新聞売りの女性や、ジャスミンの花で作ったお守りを売り歩く子ども達が渡り歩いていた。

 大きな通りでどの車もまったく動く気配もない。そんなときに新聞の売り子が近づくのだから、売れること売れること、機を見るに敏なたくましいタイ人の姿であった。

 アユタヤへバスで行っただけの一日であったが、独力でアユタヤ遺跡まで往復できた事が、どれほど自信になったことか。

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バスに乗るまでが大変だ

  乗り換えた都バスは、15分くらいで北バスターミナルに着いた。  都バスばかりでターミナルが見あたらない。

 人の流れに乗っていたら行けるだろうと、200メートルほど行って驚いた。
この巨大な建物がバスターミナルか。
 中に入ってみてもう駄目だと観念した。ほとんどタイ語で行き先が表示されていて、切符の売り場が一階の内外に100ヶ所以上、三階に120ヶ所ほどあって出るのはため息ばかり。 

 やっとインフォーメーションを探し当てて教えを請うた。
アユタヤ行きは15分毎です。切符売り場はあそこですよと、教えられた窓口へ行ったら、次のバスの発車時刻が書いてあって切符を発売していた。

 この切符を買ったらいけないのだ。 10分後に発車する座席指定の切符を買って、次はどうやってバスを探すのか。
 広いターミナルには数百台のバスがいるのに、私の乗るアユタヤ行きのバスを探す時間の余裕なんて無いではないか。

 切符を買わずにアユタヤへ向かうバスが集まっている乗り場を探した。迷って聞いて動揺して、
やっと見つけた。 これで切符を買っても大丈夫。
 行きたいところのバスを求めて、こんなに苦労しなければ乗れないのか。
初めての体験にしてはきつすぎたが、やっとアユタヤ行きのバスに乗ることが出来た。

 乗ったバスに客は私一人しかいない。 ほんとうにこのバスか、とまた心配していたら、発車間際に韓国の娘さんが乗ってきた。
 走り始めてから客も増え始めて、ドムアン空港近くでは、めでたく満員となってしまった。
 それでも車掌は、アユチャー、アユチャーと声をからして呼び込みをしていた。

 座席指定ではなかったのか、でもここはタイだ。そんなもん誰も守っていない。
朝が早かって居眠りでもしてやろうと思った時には、バスはアユタヤに到着しようとしていた。
 バンコクからの所要時間は2時間、料金は100円であった。

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10年以上も前の旅ですが

  私が初めてタイ行ったのは、14年ほども前のことである。 学生時代からアフガニスタンや
タイへ通い続けている弟に連れられて、タイ王国の土を踏むことになった。

 初めての海外旅行ということで、ガチガチに緊張して、ただただ迷わないように、弟の後ろに
金魚の糞のようにくっついて、どこへ行ったのか、何を食べたのか、その記憶はまったく残っていない。

 その一年後の1996年に、初めてのお使いではないが、初めて一人でタイに旅立つことになった。        空港の出入国はどうするのだろう。声をかけられたら英語なんかまったくわからん。
 うまくバンコクへ到着してからタクシーに話しかけられるだろうか。不安と緊張で、眠気などはまったく覚えなかったことを懐かしく思い出す。

  なんとかホテルにチェックインした翌日に、無謀にも、観光地アユタヤへ初挑戦をすることにした。この旅が、その後に続くタイ一人旅のスタートである。

 初めての旅は、ツアーではなく一般の交通機関を使って行こうと決めていたので、この夜は
アクシデントが起こったらどうしようと、あれこれ悩んで眠りは浅かった。

 朝暗いうちにホテルを出てシーロム通りから77番のバスに乗った。このバスをチャトチャック公園
で降りたら、予定では近くに目的の北バスターミナルがあるはずだ。 しかし近くを探し歩いてみるが、それらしいものは見あたらない。

 地図を示して聞いてはみるのだが、相手の人は首を振るばかり、まだこの時はタイ人のほとんどが、地図が読めないことを知らなかった。
 それでも7人目の賢そうな青年が教えてくれた。 心細い旅のはじまりで、アユタヤなんぞ行けるのだろうか。

 北ターミナルのことをタイ人は、モーチットと呼んでいることを初めて知った。
でも日本のガイドブックには、北バスターミナルとしか書いていない。 そうか、モーチットか。
 モーチットは公園の西側にあって、再びバスに乗って行かねばならず、到着したのはホテルを出てから2時間30分も経過していた。



 

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