カンチャナブリー

強者達が夢のあと

 ソンテウは直接鉄橋には行かず、近くを通過するだけで、最寄りの場所が分からない。
「俺の降りる場所はどこだ!」と叫んでみてもどうにもならない。 ピンチである。 このピンチに手をさしのべてくれたのは、隣に座っていた買い物帰りのオバサンであった。
 
 彼女はソンテウが、鉄道の踏切に差しかかった時、棒で屋根をガンガンとたたいて、ソンテウを停車させると私に微笑んだ。 弱いんだなあ。 たまらなくタイが、そしてタイ人が好きなのはこれなんだ。 料金16円を運転手に渡すと、ソンテウは忙しそうにどこかへ走り去った。

 地図から考えるとクワイ河は、鉄路に沿って左に歩けば到達するはずである。淡い緑の木立の下を10分ほど歩くと、大きな河に行き着いた。そこには樹木に覆われた美しい駅と、長くて立派な鉄橋が見事な景観のなかに収まっていた。

 駅には私が生まれたころ製造された、日本の機関車C56が、軍役を終えて展示されている。目を河に転じると、川を流れる水はタイには珍しく青く澄んでいた。
 そして頑強に作られた鉄橋。この工事に携わった捕虜達は、一日の仕事を終えると隊列を作って宿舎に向かったのだ。

 映画では、隊伍を組んで宿舎に向う時に「クワイ河のマーチ」を歌いながら帰って行くシーンが、何度もでてくる。
 この「クワイ河のマーチ」は、学校の運動会や甲子園の行進などでもよく使われた勇壮な行進曲だが、私は当時の捕虜の過酷な日々が頭をよぎり、複雑な思いで聞いていたものである。

 歩いて鉄橋を渡ってみた。 そこには多くの白人の観光客も歩いていたが、この鉄橋がどのような状況で作られたのか、自国の兵士がここでどれほど命を落としたかを承知して来ているに違いない。鉄橋上で行き交う毎に、気持ちが落ち込む私であった。

 この鉄橋は今でも1日に、列車が4往復走っているので、列車と遭遇した場合は、鉄橋上に避難が出来るような場所が作られている。鉄橋を人が歩くことについては、公に認められているのでまったく問題はなかった。

 この鉄道は現在、バンコクからクウェー河鉄橋駅を通り、4駅先のナムトク駅まで運行している。戦争中はこの先、日本軍の手で、深い谷を延々とはい登り、サンクラブリーからビルマ(ミャンマー)へ軍需物資を運んでいた。

 今回の旅は日本の国が、他国において戦争といえども多くの戦死者を出し、お国のためにと、あたら若い命を落としてしまった。今の平和な日本に暮らす者として心から鎮魂の意を表したい。

 ※ 蛇足ながらクワイ河の、クワイはタイ語では卑猥な言葉なので、クウェーと発音した方が良い。

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カンチャナブリーは気が重い

 何度もタイを訪れたが、これまでタイの深南部と呼ばれるマレーシアと接した南タイと、ビルマ (ミャンマー)に近い西部タイには殆ど行っていない。

 南タイはマレーシアと同じくイスラム国家で、パタニ王国と呼ばれた時代があって、今またタイから分離独立を唱えて、イスラム過激派がテロを活発化させていて、危険きわまりない。6年前からテロによる死者は、4100人を超している。

 このあたりは日常マレー語を使っているが、学校では当然タイ語の教科書で授業を行う。言い方は悪いが、坊主憎くけりゃ袈裟まで憎い、の例えのように、学校の先生がタイ語を教えることは独立に逆行するとの観点から、テロの標的にされ死者も多く、教育にも大きな影響が出始めている。これではのんきに旅などしてはおれない。

 西部タイは、日本が過去に戦争とはいえ大きな被害を与えた地方だ。 しかし私も高齢と呼ばれる歳になってしまった。今思い切って出かけないと体力的に、もう行くことが出来ないかも知れない。いつまでも避けてはいられないなら、思い切って出かけるか。

 第二次大戦中に、日本軍はタイのカンチャナブりーを経て、ビルマ(ミャンマー)の戦線まで、弾薬食料を輸送する計画を立案し、鉄路をビルマに向けて建設していったのだ。

 気が遠くなるような難工事を完遂するに当たって、日本軍は連合軍の捕虜を使って、カンチャナブリーのクワイ河に鉄橋を架けさせた。これが映画にもなった有名な「戦場に架ける橋」である。この鉄橋建設で犠牲になった彼らは、カンチャナブりーにある連合軍墓地に今も眠り続けている。

 この工事は日本軍の酷使により、英国、オランダ、オーストラリアの捕虜と周辺国労働者あわせて 92,080人が死亡した難工事だった。
 
 覚悟をして来てみたものの、こうゆう過去の歴史を考えると、加害国の国民として心は非常に重い。何回もタイを訪れながら、カンチャナブりーを避けてきたのはこんな気持ちがあったからである。

 バンコクのトンブリー地区にあるサイターイ(南バスターミナル)から、カンチャナブりー行きのエアコンバスは15分毎に出ていて、列車で行くより遙かに早く、約2時間で到着した。到着と同時にいつもと変わらず、トゥクトゥクやソンテウの運転手が集まってきて、客の奪い合いをしている。

 私は近くにある TAT に出向いて、市内地図を手に入れ、あわせて助言を得た。二つめの信号付近からオレンジ色のソンテウ2番に乗ればいいそうだ。そこにはオレンジのソンテウが5台ほど停車しているから、これに乗れという。

 クエイリバービレッジまではいくらだ。と聞くと、案の定200バーツ(600円)だ。 誰が乗るかい。ソンテウは乗り合いなので、チャーターしてはいけない。

 しばらく道路脇に立っていると、客を乗せたて2番のオレンジがやって来た。運転手にクエイリバービレッジと告げると、うなずいたので乗り込んだ。いったん乗り込むと運転席との間に仕切りがあるので、客との会話は出来ない。

 降りたいときには、屋根の鉄パイプを何かでたたいて、運転手に合図をする仕組みである。


 

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