北タイへの旅

高級バスは困るのだ

  アーケードバスターミナルへ着いて時刻表を見ると、少し待てばメーサイ行きのVIPバスがあった。これはラッキー、チケットはまだ残っているようだ。
このバスはベンツの大型で横3座席、縦8列の24人乗りである。横の間隔も縦の間隔も非常に広く、さすが高級車は違うとひとしおの感激であった。

 走行してからは、ジュースはもちろん、お菓子や果物のサービスがふんだんにあり、文句の付け所はない。 しかし、しばらくして困った現象を意識し始めた。
リクライニングシートを倒して、くつろいでいたのだが、昭和の10年代に産まれた日本男子の体型には合わないのである。

 アジアの平均身長しかないタイなのに、アメリカの大型車を生意気に輸入するから、こんな事になるのだ。 私など足の短い典型的な日本人の代表であるから、座れば足は床に届かずシートを倒してみれば、ふくらはぎの中間から先は宙にさまよう。

 座るも寝るも、高級車はしんどいばかり、一番楽な姿勢はアグラをかくことであった。私の横の座席のオバサンはと見れば、オバサンも座席にアグラで座って困っていた。
アメリカ仕様のVIPバスなんて、足の短いアジア人には猫に小判だ。どう考えてもタイの輸入業者が悪い。

 こんな事を考えながら5時間30分、バスはメーサイのバスターミナルに到着した。
タイのバスターミナルは、殆どが町はずれにあるから不便この上ない。ターミナルから町の中心部への足である、ソンテウやトゥクトゥクの運転手に配慮して客に不便を強いているに違いない。

 バスの到着を待っていたソンテウに乗り込んで、町の中心であるミャンマーとのイミグレーション前終点で下車した。イミグレーションは6時を過ぎて閉鎖され人々の往来も絶えかけていた。それにしても今日の日付の午前1時頃に日本を発ったので、よくも一日でこのような遠隔地まできたもんだ。

 まずはホテルの確保が最重要の課題、とばかりに町一番のホテルに立ち寄って空室の有無を聞いてみた。空室は有るには有ったのだが、一泊朝食付き8,500円と言い張る。
遅い時間にやって来て泊まるところの無い客と踏んで、完全に足元を見ているのだ。

 M氏と共に出ましょうと、出たものの、後を追ってくるはずのレセプションのヤツが追ってこない。
普通なら追ってきて、これだけまでダウンできます。と言う目算であったが、読み違いである。

 このワントンホテルは、ガイドブックの公定価格が一泊2,500円と分かっているだけに無性に腹立たしいことであった。 こんなホテルになんか絶対泊まってやるかい。と言っても 負け犬の遠吠えである。


 

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一大事だ 飛行機がない 

  深夜便でバンコクへ着いて、その足でチェンマイへ向かった。ここから飛行機を乗り換えて30分で、山あいの秘境メーホーソンの町へいける。

 山深いビルマのすぐ近くで、周囲に連なる山々に囲まれた小さな盆地である。その山にはミャンマーから逃れてきた人たちや、たくさんの少数民族が生活を営んでいる。

 憧れと希望に老いた胸をふくらませ、メーホーソンのチケットを手にして、搭乗券と引き替えるためにカウンターへ歩み寄った。
ドル箱路線なので、大変な混雑を予想していたのだが? 閑散としているではないか。

 ここにいたタイ航空のお嬢さん係員は一言 「飛ばない」 エ 今なんて云ったの。 私たちは今日の航空券を持っているのに何でや。 と詰め寄るが、お嬢さんはにべもなく「飛ばない」。 こんなんありか。

 更に彼女は云う、メーホーソンまでどうしても行きたかったら、無料バスを用意しています。どうしますか。  バスなら何時間かかるの。 5時間くらいでしょうか。
そんなことはない。 前回来たときに調べたら、8時間30分曲がりくねった山道を行かねばならない。とあったから飛行機にしたのだ。

 ここはタイである。彼女にいくら抗議をしても、騒いでも飛行機が飛ぶことはない。 M氏には申し訳ないが、こういうアクシデントは、この後どうしようか、と善後策を考えることが、また楽しいのである。

  明日のフライトはありますかか。(明日も飛びません)   ならもうメーホーソンには行かない。
 欠航の証明をしてください。(欠航証明をします) これで旅行会社からの返金は大丈夫。

 次に、今夕のホテルのキャンセル連絡だ。ここはタイ語の堪能なM氏にお願いして伝えることが出来た。 私一人なら悪戦苦闘なんだが、M氏のおかげで連絡はうまくいった。

 それでは、今日はどうしたらよいか。ゆっくり二人で話し合って結論を出した。
 チェンマイで宿泊する。  チェンライまで行って宿泊する。  ほかの町を探す。 この選択肢の中から二人が選んだのは、ほかの町を探すことであった。

 そのほかの町として、チェンライを通り抜けて、ミャンマーとの国境の町メーサイはどうだろうかと言ってみたら、M氏はそうしましょうと同意された。

 今なら5時間はある。夕方にはメーサイの町に入れそうだ。即刻出発である。 トゥクトゥクに乗って
チェンマイアーケードバスターミナルへ急いだ。

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再びメーホーソンを目指して

 私がタイ語教室に通っている頃、親しくおつきあいするようになった奈良県在住のM氏とは、毎年一回は一緒にタイ旅行をする間柄である。M氏は私と違って学習に対する熱意が旺盛で、タイ語についてはかなり造詣が深いかたである。

 タイに対する感性は私と似たところがあり、意気投合するのである。 私がメーホーソンの話をして、もう一度訪れてみたいところです。と話をしたことがきっかけとなり、メーホーソンを含む北タイの旅をすることになった。

 もう一度ビルマにほど近いメーホーソンの町をゆっくりと歩き、私のお気に入りのチェンライを起点として、ラオスとの国境付近を歩こうという計画を立てた。

 深夜便で関空を発って、バンコク国際空港へ着いたのは、定刻よりやや早い時刻であった。
早暁の入国審査の列がなかなか進まない。決して入念な審査をしている訳でなく早く云えばトロイのだ。 にも関わらず中東系らしき人に対しては、時間をかけて意地悪く扱っている。

 意地悪く見えるが、実際は書類の書き方に、ずさんな個所が多すぎるのかも知れない。ひどいのは自分の名前だけしか書いていないのもあるようだ。お互い言語の違いから会話が成立せず、その上彼らに対する差別意識が働くから、話がかみ合わず感情的になっていく。まあ早くしてくれ。

 私とM氏は日本で慎重に記載事項を記入して来たので、審査は3分もかからない。ただ、これはタイ航空にも責任がある。入国審査書類を乗客に渡すのが何とも遅い! 間もなく着陸態勢に入ろうか。と云う時間に配り始める時もあって、慣れない人には無理なんですよ。

 いつものように、大きな荷物は空港に預けて、身軽になって国内線に移動した。
国内線のロビーで待機していると、黄色の制シャツを着た50人くらいの小学生が集団でやって来た。

 先生に引率された修学旅行か? 初めての飛行機なのかガチガチに緊張して顔を強ばらせている姿はとっても可愛い。 そして生徒の皮膚がみんな少し黒い、男の子も女の子も先生方も黒いのである。 タイ語を話しているから、タイ人には違いないのだが。

 
聞いてみると小学生達は、ロッブリーから出てきてチェンマイに向かうらしい。格安航空会社ノックエアーのロビーに消えていった。 楽しい旅をして欲しいものである。

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ロングステイへの懸念

  私たちを魅了するタイ文化や、タイ人の大きな包容力に接した日本人の足は、タイへの道を無意識に歩み始める、なかには目的もないのにさまよい歩く日本人も多くみられる。 (私がそうだ!)

 シルバーステイ等と呼ばれる長期滞在の熟年者も多くなってきたが、楽しいことばかりではないらしい。 タイの田舎暮らしにあこがれて、永住しようと試みても、日本人の貴方が家を購入することは出来ないのだ。
 運良く家を新築して優雅に暮らす日本人の多くは、タイ人の女性と結婚した人たちである。

 結婚して家を建てて、車を買って、家財など取りそろえても、すべてタイ人である奥さんの名義だ。
その他に奥さんのものだけにかかわらず、両親や兄弟への援助も、経済大国出身の夫の役目になってくる。
 こんな状況など予想もしなかった人は、後悔先に立たずのたとえ通り、長続きなど出来るはずがない。

 ここで離婚話が出てくる。待ってました。 離婚が成立すればすべてが奥さん名義なので、家財没収の上放逐される。 こんな人ならいくらでもいる。

 だいたい50,60才のおじさんと、20代の女性がどうして結婚するのか。 そうですお金です。
年の差だけではなく、タイとの生活の違いがどうしてもネックになり、日本が恋しくなってくる。
これでは国際結婚の結末は、目の前に見えてくる。

 でもタイで暮らしたい。 じゃあどうするか。 タイでは土地付き住宅は購入できないが、コンドミニアムなどユニット住宅なら日本人名義で購入することができる。 やりますか?

 やはり土地付きは諦めて、結婚するしないに関わらず、自分名義の住居を手に入れるか、アパート暮らしをするのがよいのではないかと思っている。

 北方の薔薇と呼ばれるチェンマイなどでは、業者の建てたコンドミニアムを、多くの熟年のロングステイ客が買って、生活されているそうだが、その限られた地域だけで日本人社会ができあがり、うまくいっていないらしい。

 私ならチェンマイまで行って、日本の老人の群れに身を投ずるようなことはせず、言葉が不自由でも日本人のいない辺鄙な田舎で暮らす方がよい。と漠然と思っている。

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ロングステイの願望

  私の実家は山陰海岸国立公園内にある。300メートルほど北へ行けば白砂青松のロングビーチ、
家の裏には波穏やかな内湾が広がっていて、自然豊かな観光地であり、過疎の町でもある。

 内湾には養殖牡蛎の筏が並び、今はチヌ(黒鯛)釣りの客で早朝から姦しい。 まもなく蟹のシーズンに入って、蟹三昧の料理を求めて沢山の人が訪れるであろう。

 そして訪れる人々は口をそろえて、良いところですねえと云ってくださる。でも11月下旬から3月下旬まで、毎日のように雨が降ったり、時には雪が降る気候ではなあ。

 と言うことで、この季節長靴と傘は必需品、賑やかな人声は無く、過疎の閉ざされた町に変貌するのだ。 訪れた人は条件の良いときだけに、来られるからそう思われるのだが、、一年中いい時ばかりではない。

 私は高校を卒業して以来、京都市で生活しているが、田舎に帰って住もうとは思わない。
でも時々は、海の景色を愛でながら、自然に囲まれた実家で昼寝もよかろうと、毎月のように通っている。

 私がタイへ行き始めた頃、こんな素晴らしい国に定住してみたいなどと思ったものだが、今そうは思わない。 良い季節を見計らって、10日か半月行くから良いのだ。 と気づきはじめたからだ。

 タイの住みやすさと食べ物、タイ人の優しさの虜になって、1年に訪れる日本人は120万人を越えている。 その中でロングステイしてみたいと思う、50才以上の中高年の人が激増中だそうな。 今ではタイも年金を狙って、年金ビザなる物を発行するようになった。

 その条件は、50才以上の日本人であること。労働目的でないこと。タイ国内に 240万円以上の預金があることである。

 この年金ビザは一応1年間が有効期間だが、タイ国内で何年でも更新できる優れもの、お年寄りは年金持参でいらっしゃい。 ようも考えた物である。

 なんと、実際タイでロングステイしている日本人は62万人に達している。これらの中高年の人の織りなす人間模様は千差万別であるが、悲劇的な結末を迎えることの方が多いようである。
 

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