スコータイ遺跡

小さな飛行機に乗ってスコータイヘ

 彼女との再会で積年の悩みの一つが解消されて、平静な気持ちに帰る間もなく飛行機への誘導が始まった。チェンマイは曲がりなりにも国際空港である。しかしこの日の機影は大きいのや小さいのや併せて6機であった。

 私が今日乗る飛行機は? ありました。  搭乗は徒歩で飛行機まで行くのだ。これって普通はバスで移動するのだったと思うのだが、空港の中の一番端に駐機している所までかなりの距離だった。

 これでもインターナショナルエアポートか、そして飛行機にたどり着いて驚いた。小さな飛行機にプロペラが1つしかない。 プロペラが故障すればそれまでか。

 タラップを登って機内に入って更に驚ろいた。座席は全部で12席しかないぞ。私の席はどこ、とオバサンスチュワーデスに聞いて案内されたのは、幸運にも一番前の座席だった。 

 操縦席のドアが故意に開きっぱなしになっていて、機長は私の2メートル前で操縦している。おまけに機長は後ろを振り返り、ピクチャーオーケーなんて云ってくれるではないか。操縦中の写真が写せるなんて、なんと豪勢なのだろう。

 こんな低空を飛行するのは始めての経験だったし、眼下に広がる地図の縮尺も大きくなって、何もかも見えてしまうようでとても楽しめた。

 スチュワーデスは狭い通路を苦戦しながらも、ケーキとコーヒーを運んでくれる。もう少し広ければ自由に行き来できるのだろうが。機内は観光地から遺跡に向かうコースなので、タイ人は見当たらず旅行客ばかりだ。

 こんなに楽しい飛行機なのに40分のフライトで、スコータイ空港に着陸してしまった。
この飛行場はサムイ空港と同じく、バンコクエアウエイズの専用空港なので、他の飛行機の影はまったく見当たらず、野原のなかの空港は寂しい限りだった。

 バンコクエアウエイズ航空のリムジンバス(5~6人乗り)に乗って、スコータイ遺跡まで行った。
スコータイと告げれば、現在の町(新スコータイ)まで、遺跡まで行きたいときは、ムアンカオ(古い町)といえば遺跡まで送ってくれる。

 今回は城壁だけを丹念に見学した。城壁から出て自転車を返しに行くとオバサンは、これからバンコクか? と言うので「ピサヌロークまでだよ」と答えると、座ってバスを待つように云い、小学生の子供を道ばたの木の椅子に座らせた。

 その男の子は、タークからのバスが坂道を下ってくると、停車の合図をする役を仰せつかっているのだ。 止めてくれたバスに乗って、居眠りしていればピサヌロークへ着く予定だ。しかしまあ、小学生とすれば客からのチップが入るのでいいアルバイトではある。

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感動のスコータイ遺跡

 巨大なスコータイ遺跡は、タイ人による初めての統一王朝として200年栄えた街だったが、衰退した後は、熱帯雨林のジャングルの中で放置されたまま廃墟となっていた。そして40年ほど前にユネスコの支援を受けて修復がなった。

 自転車を利用して、城壁内(東西1,800メートル、南北1,600メートル)の遺跡を写真に納めることが目標である。城壁内と言っても遺跡は36個所あるので、一日では十分過ぎるくらいだろう。この遺跡ばかりは行ってみないと、良さも規模も理解が出来ないとおもう。

Photo_5   これほどの規模を持つ遺跡が良く残ったものだと感心しながら、ワットマハタート寺院まで来たとき、若い日本人女性二人に、日本の方ですねと声をかけられた。エッこんなところでよく日本人と分かりましたね。 すると私のナップサックを指さして、これで分かったのですよ。

 今まで自分でも気づかなかったが、ナップサックに 「大阪ねんりんピック」 と書いてあった。そして大阪から来られましたか。  いやいや京都です。 から始まって話を続けると彼女たちは京都の長岡京市からの訪タイ。 これはもう我が級友N君の出番だ、彼も家は長岡京市だ。よいモデルに恵まれて綺麗な写真を多く写す事が出来た。

 この遺跡は観光の人が非常に少ない。場所によっては一人も見かけない。N君の写真は、いつもの事ながら写真の片隅にさりげなく女性が小さく入る。 彼女たちの出現はカメラマンにとっては干天の慈雨であったようだ。Photo_3

 自転車と言えども、かなりの運動量に空腹を覚えた。池の畔の木陰の芝生に腰を下ろして、おもむろにナップサックの中から取り出したのは、バンコクエアウエイ様からいただいたパンの数々、こういう場所で食べてこそ美味しいのである。

 城壁外には大きなものだけでも、まだ遺跡は90個所以上もある。とうてい見て回ることは不可能だが、どうしても見て欲しいのは、ほど近いワットシーチュム寺院である。城壁内の遺跡の一部を省いてもこの寺院跡には行かれたらいいと思う。

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懐かしの遺跡 スコータイ

 幸い航空券が手に入って、年寄り3人組は早朝にもかかわらずドムアン空港へ出かけた。 バンコクエアウエイの専用ラウンジに落ち着いてみると、いかにも居心地がよい。 タイ航空など、ビジネスクラスの乗客だけしか入れない。まあこれが普通でしょうね。

 このラウンジには焼きたてのパンが山積みになっていて、その他にもお菓子や果物、飲み物がふんだんに用意されていて、つい手が出てしまう。

 さすがは民間の航空会社である。コーヒーとパンをいただくと、にこやかな女性従業員はもっといかがですか、と微笑んでくれる。なにか意地汚く思われるようだが、私は2~3個余分にいただいた。これには魂胆があるのだ。

Photo  そうこうしているうちに搭乗となった。なにか頼りなさそうな小さなプロペラ機で、搭乗が終わるとすぐ急角度で飛び立った。このプロペラ機はかなり低空を飛行していく、窓から覗くと緑の地図が、かなりのスピードで後方に流れていく。

 しばらくは興味深く地上を眺めているうちに、コーヒーとケーキが出てきた。さきほど食べたばかりと遠慮をしているうちに、機は下降体勢に移った。

 バスなら7時間かかるのに、もう着いたらしい。 このスコータイ空港はバンコクエアウエイの専用空港だそうだ。

Photo_2  広大な原っぱの空港は管理棟が二棟しかない。見るからに田舎のミニ空港そのものだ。いくら見回しても周りには建物一つ見あたらない。

 乗客は管理棟を通り抜けるが、手続きらしいことは一切しない。三々五々に別れて、迎えの車に消えていく。

 ソンテウ、トゥクトゥク等の乗り物も無くて、どうしようかと心配になるが、最初に来たときに経験しているので騒がない。最後に残ったバンが航空会社のリムジンなのだ。

 バンコクエアウエイズ航空のリムジンバス(5~6人乗り)に乗って、スコータイ遺跡まで行くのだが、スコータイと告げてはいけない。スコータイと言えば、現在の町(新スコータイ)までしか行かない。 

 遺跡まで行きたいときは、ムアンカオ(古い町)といえば遺跡まで送ってくれるのだ。遺跡に行く途中、客の要望に応えて、△△ゲストハウスとか、パイリンホテルなどへ送り届けて、最後に14㎞離れた古い町(遺跡)まで走ってくれる。

 遺跡前まで来ると、まず遺跡前で営業している自転車屋へ寄ることになる。自転車屋は3軒あるが、どこも似たようなものだろう。ただ気さくに大きな荷物を預かってくれる所がよい。 沢山の自転車の中から、自分にあったのを選び出して、ナップサック一つを背中にいざ出発である。

 自転車でも遺跡をくまなく回ることは出来ない。小さな遺跡を含めると遺跡は300箇所を越えるので、取捨選択が必要であろう。観光客が非常に少なく、多くの遺跡が堪能できるから、スコータイ遺跡の規模はアユタヤ遺跡どころの比ではない。

 数百年にわたって、ジャングルの中に放置されていた巨大な遺跡群。当然世界遺産としても文句なしに登録済み、だが、残念なことに観光客がここまで来るには、いかにも不便すぎる。

 

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