中華街

目を奪われる食材の山

 チャイナタウンの続きには泥棒市場があって面白そうだが、これは後日に譲って、せっかくだからと買い物をすることにした。
 大振りな干し海老は、さすが海老の産地のタイだけあって、いい買い物だった。

 中国料理の食材専門の通りでは、円形で厚みのある海苔を買いたい。中国料理の食材なので、当然中国産である。この海苔はハサミで八等分に切って、その一片を丁寧に薄くなるようほぐし、さっと火であぶる。

 味付け海苔と同じように醤油をつけて、ご飯にかぶせて食べると絶妙な味であり、朝の食欲をかき立てくれる。 日本の味付け海苔は、食べやすく形が整えてあり、美味しい味もついている。だから味付け海苔と明記されているのだ。

 が、そうではなく海からあげた海苔を細かく切り刻んで、丸い枠の中に豪快にどばっと流し込み、乾燥させただけの海苔には、海の、磯の、香りと味が色濃く残っていて、自然をそのまま食べているような、得も言われぬ味わいがある。この海苔は自分へのお土産としてお買いあげの予定だったが、横目で見ただけで素通り。

 なぜなら最近中華街へ行っても、この海苔は買うまいと心に決めていたのだった。 昔食べて味わいと香りに感激したものだが、中国の沿岸部の汚染を考えると美味しくても、さすがに手が出ない。

 買って帰りたいものが目についた。銀杏を茹でて皮をとった中味だけが、山積みになっている。茶碗蒸しの底に沈んでいる銀杏のほろ苦さは、何ともいえぬ美味しさだ。

 銀杏の木は、植物には珍しく雌雄異種なので、雌の木しか実を付けない。更に雌の木があっても近くに雄の木がなければ、あのほろ苦い美味しい実はできない。

 街路樹として植えられた銀杏に実が付けば、滑りやすく匂いもきついので、雄の木しか植えてない。 しかし植木屋もたまには手違いか、故意なのか雌の木を植えてしまい、銀杏の住民サービスをしてしまうこともあるようだ。

 さて、本題から外れてしまったが、買い物も整いチャオプラヤ河に向かった。 チャイナタウンのはずれには 「ラチャウォン」 というエクスプレスボートの船着き場がある。この桟橋は名高いスリの名所なので注意が必要だそうだ。

 これも余談だが私はバンコクでは、いつもお尻のポケットに財布を入れて、大きく膨らませて歩いている。これは私のスリ対策で、この財布の中身は小額紙幣が数枚入っているだけだが、しっかりと囮の役目は果たしてくれている。

 ラチャウォン桟橋から船で、上流(右)へ二つ目がラーチニー桟橋である。ここで下船して、少し歩けばパーククローン市場だ。

 この市場は野菜も少々あるが、「切り花」を中心に商っていて、バンコクの切り花を一手に扱っている。美しい切り花が信じられぬほどの安さで、こんなに大量に一日で消化しているバンコクは驚くばかりであった。 
 

 

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何でもあるチャイナタウン

  満員の屋台でおかゆを食べるという、得難い経験をして大通りへ出ると、さすがに金行がたくさん見られる。 銀行なら馴染みがあるのだが、金行は金製品ばかりを扱っていて私には縁のないものの、客はかなり入っている。

 タイ人は小金が貯まったら金を買うと云うが、物は試しだ、買う気もお金も無いのだが、後学のために入ってみた。店員は微笑みながら、これがいい、あれもいい。と薦めてくれるが、店全体が金製品なのだから、そりゃいいでしょうよ。

 秀吉の茶室にいるようでまったく落ち着かない。 お粥を食べている方が分相応ですな。

 今度は銀行だ。その名は何と「京都銀行」と書いてある。京都銀行もなかなかやるもんだ。 ついにバンコクのチャイナタウンに支店を設けたか。
と思ったが、ここはチャイナタウン、中国語の生活圏だ。どんな名前でも漢字なら付けられる。

 営業はしていたが、実態は中国の資本で営業していたようである。 我が京都の京都銀行の力を過信しすぎであった。

 左へ折れると雑貨を中心とした商品が、山をなしているような街へ出てしまった。
そして、この通り全体に甘い中国語の歌声が流れていた。魅力的な女性の声に耳を傾けていて、待てよこの歌どこかで聞いたことがあるぞ。

 忘れっぽくなった頭を駆使して、やっと思い出した。 これは森進一が昔歌っていた「港町ブルース」だ!
ここ中華街で聞く中国女性歌手の「港町ブルース」は、大変エキゾチックで、申し訳ないが森進一よりはるかに素晴らしかった。声もいいしかすれても居ない。

 この雑貨通りでシャープの電卓を60円で買った。この電卓ホテルで確認してみたら「6」の数字だけ機能していなかった。 6の動かない計算機をどう使えばいいのだろう。 敵もさるものである。

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今日も元気だ お粥がうまい

  今日は朝食を抜いて、チャイナタウンまで足を伸ばしてみようという試みである。 地下鉄の一番電車で終点ファランポーンまで行き、そこから西へ向かって徒歩10分で中華街に到着した。

 中華街には迷路のような狭い路地が幾筋もあって、歩いても実に面白く、時間の経つのを忘れほどである。この街で商う食材は、どこで仕入れてくるのか、何でも揃っていて歩いても歩いても見飽きることはない。中華料理の食材を中心に、なまこ、むき海老、鱶ひれ、燕の巣、豚の皮と数えられない珍品が、これでもかとばかりに並べてある。

 私などは稲作文明の末裔であるからなのか、あの辛い終戦後の飢餓のせいなのか、今でも 「米」 を食べないと暮らしていけない。

 その稲は中国から東南アジアへ広がり、ついには日本にも渡ってきた。本家である中国では 「お粥」 が現在でも非常に好まれる食物である。  私もお粥が大好きなので、本家本元である中華街の朝の粥を食べてみるのが今朝の目的である。

 ここでは  ソイと呼ばれる街角に、おかゆ屋、豚まん屋、麺屋、カオマンガイ屋(煮て味付けした鶏をスライスして、だしと共にご飯にかけたたもの)、豆乳屋などの屋台が、路上で競って客を呼んでいる。

 こんなところに、朝食を抜いて来てはたまらない。お腹の虫が何か催促を始めている。 それでは食べてみるか。おかゆの屋台に歩み寄ってみたが、中国人の常連に椅子と机が占領されていて、簡単には座れそうもない。

 おかゆ屋は3人がかりで威勢がいい。手際がいい。声もいい。顔はそうでもない。見たこともない大釜2つで二種類の粥を提供しながら、新たな釜の用意もしている。
 米を炊きつぶした白い粥(ジョークと呼ばれる)と、鶏肉、豚肉、肉団子などが入る粥(カオトムと呼ばれる)の2種類である。

 ぼーっと眺めていると、こっちへ来いと声がかかった。 なんと黄色い袈裟のお坊さんが呼んどる。坊さんが私に向かって言う、今終わるからこの後へ座れ。 やはり敬われるだけあって優しいんだ。

 注文はさきほどから見ていたので簡単だ、と思ったがなかなか難しそう。今日は白粥のほうにしよう。声がかかると同時に、白粥の大釜を指さす。次に山積みになっている玉子を指さすと、即刻ドンと壊れかかった机の上に、つゆを零しながら置かれる。生卵が2個入っていたが、注文から机まで5分もかからない。

 粗末な机の上には、刻まれたパクチーと呼ばれる香草、酢、唐辛子の粉、その他に名も知らぬ粉末や調味料が無造作に並べられていた。 これを使って自分の粥の味を調えるのだ。汗を流しながらの熱いおかゆであったが、やはり本場だ美味かった
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